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美しいくらし
ひとり出版者の仕事 暮ラシカルデザイン編集室
沼尻亙司
第7回 「本」を「食べ物」に近づけたい-2-
 前回、「モノとしての本作り」に触れながら「『本』を『食べ物』に近づけたい」と書いた。それは「コトとしての本作り」においても同じである。

 コーヒー店の取材をしていて、よく思うことがある。
 「これは○△□農園で栽培したマイクロロット(少量生産)のスペシャルティコーヒーです」とウンチクを語られて味わうよりも、「おっ、このコーヒーおいしいね! どこのコーヒーなの? へぇ、○△□農園で栽培されてるんだ〜」と、実際に風味を知覚してから情報を得たほうが、素直にすっと頭の中に入ってくるなと。
 これはコーヒーだけじゃなく、例えば有機野菜やマクロビ料理など、より「情報」や「説明」が求められる分野に共通している事象だと思う。

 編集室の本は1冊目を出したときから一貫して「取材対象者の、どう生きるかということに対する価値観、在り方」を編集している。
 例えば直近の本の取材で、成田市にブーランジェリー「プチメゾン」を構える寺田航さんに、自身が主催するマルシェやコミュニティのあり方について、次のようなインタビューをした。


 「これからはAIも出てきて変革の時代でしょ。そうすると身の回りで、迷い始める人たちが出てくるんじゃないかなって思ってて。
 だからそんな時、『やっぱそうだよね、ここだよね』って、戻れるところが必要なんじゃないかな。今日みたいに『ちょっと暑いよね』って言って気持ちを共有したり。それだけでもいいのかなって思う。毎月、人と人が会うだけでいいんです。そういう場を提供できることに意義がある。「生きる」って大変じゃないですか。でも、人と会うと、それがちょっとラクになるよね。それでいいんですよ。根本的には、人は優しさを求めているんだろうと思うんです」

寺田さんが呼びかけて始まったマルシェ「とみ市」。
寺田さんは地元農家とともに小麦栽培のプロジェクトも行なっている
(『房総のパンⅡ 編集するパン屋』より)



 ところが、編集室の出す本のタイトルは『房総カフェ』『房総のパン』『房総コーヒー』といった具合に、いかにもグルメガイドのようである。『房総移住スタイル』だとか『房総人物図鑑』『千葉の暮らし』といった、ストレート過ぎる書名にはしていない。それは、先に述べたようなコーヒーの味わい方に本を近づけたいと考えているからだ。
 ウンチク(価値観)を押し付けることはしたくない。本を読み込んでいくうちに「なんか、この店主の生き方面白いな」「この商いに対する考え方、自分と近いとこがあるかも」と、食べ物の滋味を感じるがごとく、じわりじわりと人の魅力が伝わっていけばいいと思っている。

 だから、ファーストインプレッションはガイドブックであってぜんぜん構わない。むしろウエルカムだ。本を携えてカフェやパン屋をガツガツ巡ってもらえれば嬉しい。取材店に実際に足を運んでもらい、かつ掲載店で本を販売してもらうことが広がっていけば、地域の経済循環に微力ながらもよい影響を及ぼすことができるだろう。

 とはいえ、人物ルポというところに重きを置きつつも、店舗紹介というガイドブック的な要素を意図的に加えて本を手に取るハードルを下げるこのやり方は、両者のバランス感覚が必要。これがなかなか難しいが、情報消費型の店舗紹介に寄り過ぎないようにしたいと心に決めている。というのも、千葉県のタウン誌を編集していた時代に、こんな出来事があったからだ。

 その日はホットドック屋の取材だった。約束の時間に店を訪ねると、なんともうひと組の取材陣(ライター+カメラマン)も到着。そう、取材をダブルブッキングされていたのだ……。しかもライバル誌ではないか!「おいおい…」と一瞬苛立ったが、すぐ「相手の取材の仕方を探るチャンス」と思い直し、よい人風の作り笑顔で「急がないので、お先にどうぞ~」と先に取材を譲った。

 彼らの取材のやり方に驚愕した。
 ホットドックの写真を撮影し、店主に書かせていたアンケートを回収。以上である。店主と話したことといえば、その事前に送付されていたアンケートに記載されたデータの確認程度。ライターの方に聞くと、この調子でこの日は10軒以上の店を一気に回るのだという。そうか、こうやって情報は消費され、また忘れ去られていくのだなと、なんだか切ない気持ちにさせられた。

 一応、この取材のやり方を全て否定するつもりはない。店主にアンケート記入まで丸投げしていたのはいただけないが、質問すべきことを予め項目化しておけば取材が効率的になるし、極端な話、誰でも取材者になることができる。これはいい意味で可能性を秘めたことである(地域住民による取材活動への参加など)。特に飲食店の場合、「味」「値段」「製造方法」「食材」「ロケーション」「客層」「修行先」「内装」「創業年」等々、「店」という要素を細分化してそれを質問項目に落とし込み、その情報をやりくりすれば記事っぽいものが簡単にできてしまう。だから、このやり方は悪用もしやすい。例えば、まずいラーメンを出す店でも、「味」を除いた他の要素で記事を組み立てれば、下記のようになんとなくうまそうな店であるかのような記事に仕立てることができるのだ。

「JAZZが流れるスタイリッシュな店内。手打ち麺を使うこだわりの味」

「味」の具体性は避けつつ、「BGM」「内装」「麺」という要素を列挙。これに麺を箸で持ち上げ湯気をほわっとさせたラーメン写真を添えればカンペキである(ハイ、安易にマネしちゃいけません。そもそも「こだわりの味」ってなんだ!?っていう……)。

 とにかくも、自分にとってこういうやり方は性に合わないなと率直に感じた。必要なデータが分かればいいというような情報消費型の記事なら、検索機能のあるネット記事の方がいいではないか。

鋸南町の山の中で、ヤギやニワトリたちと暮らしながら
日々パン作りをしている「自然酵母山のパン屋」
(『房総のパンⅠ 南房総という生き方』より)



 「要素」を超えたい、食べ物も本も。

 『ゲイシャ(最高級コーヒー豆の1種)』という品種、そういう要素(情報)が提示されているからコーヒー豆を買うのではなく、おいしいと思ったからそのコーヒー豆を買う。
 自家製酵母を使用という要素が提示されているからそのパンを買うのではなく、おいしいと感じたからそのパンを買う。

 おいしいからこそ、その背景を知りたくなる。私はそういうスタンスで本を作りたい。

 房総で生きる意味、暮らしの豊かさを伝えていくことが私の本づくりの核心であるけれど、それを単純な要素(キャッチコピー)として提示する以前に、まずはおいしい(=面白い、使える)と感じていただく本を作る。そして読み込んでいくうちに、核心に触れていく。そんな「分かりやすさ」と「分かりにくさ」の狭間で悶えながら、私は本を作り続ける。


沼尻亙司さんの公式サイト「暮ラシカルデザイン編集室」
https://classicaldesign.jimdo.com/
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【ぬまじり・こうじ】
1981年千葉県生まれ。千葉県全域のタウン情報誌『月刊ぐるっと千葉』編集室に在籍した後、2014年に千葉・勝浦の古民家を拠点にした「暮ラシカルデザイン編集室」を開設。「房総の名刺のような存在感としての本」を目指して、取材・制作・編集などの本づくりから営業までを行う。これまでに、人・地域にフォーカスした『房総カフェ』『房総のパン』『房総コーヒー』『房総落花生』『BOSO DAILY TOURISM 房総日常観光』などのリトルプレスを発行。
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