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美しいくらし
ひとり出版者の仕事 暮ラシカルデザイン編集室
沼尻亙司
第1回 編集室のスペック表
 東京から房総特急列車「わかしお」で約1時間半の、風光明媚な千葉県勝浦市。この町の静かな里山に築100年の古民家「暮ラシカルデザイン編集室」があります。ここで「ぬまっち」こと沼尻亙司さんはライター、カメラマン、編集者、デザイナー、営業マンと何役もこなす「ひとり出版者」を切り盛りしています。地域に根ざしたリトルプレス(自費出版の本)をつくり、読み手に届けるまでを仕事にする沼尻さん。多くの出版社が分業制で本をつくる中、一人でやる魅力はどこにあるのでしょうか? その謎を探るべく、ぬまっちの仕事ぶりをちょっと拝見!

千葉・勝浦にあるビストロ「au bon accueil(おーぼんあくいゆ)」

「よう、ぬまっち!今日はカレーだね。カレーがいいよ!」

 店の扉を開くや、店主の成瀬慎一さんの快活な声が飛んできた。この日はなんとなくパスタな気分だったのだが、そこまでお勧めされればカレーを頼まないわけにはいかないだろう。

「今日は朝市でいい野菜が手に入ったからね」

 自信たっぷりに出来上がったカレーをカウンターに置く成瀬シェフ。皿からふわりと立ち上るスパイシーな香りに、ゴクリと喉を鳴らす。さっそくこの「朝市野菜たっぷりカレー」をいただくと、野菜の滋味に富んだ風味、ふぅっと漂う甘みが、ルゥの香りにすっと、違和感なく溶け込んでいった。やはり、さすがの成瀬シェフ、である。

手前が「朝市野菜とポーチドエッグの冷製パスタ」。奥が「勝浦産イノシシのロースト 黒胡椒ソース」

 ここは太平洋に臨む港町、千葉県勝浦市にあるビストロ「au bon accueil(おーぼんあくいゆ)」。東京ステーションホテルやスイスのホテルなど、各地で腕をふるってきた成瀬シェフが切り盛りする店である。

 日本三大朝市に数えられる「勝浦朝市」へは店から歩いてすぐ。界隈には港町らしく魚屋が何軒もあり、特にカツオやキンメダイが名物として知られている。一方で、海岸の背後には丘陵地帯が控えていて、坂を駆け上ればのどかな里山が眼前に広がる。そこではハンターたちがイノシシを仕留め、その一部がジビエとして食されている。

 そんな食材の宝庫、勝浦の美味しさを料理で表現してくれているのが成瀬シェフなのだ。だから、どんな食材が今手に入ったのかを踏まえて料理を勧めてくれる、その成瀬シェフの言葉には間違いがない。と、ランチの模様をレポートしているとまるでグルメ記事のようだが、この日は単に勝浦のビストロ料理を堪能しに来ただけではない。

 食後のコーヒーを啜っていると、成瀬シェフが、「ぬまっち、あれ持ってきた?」とひと言。「ふふふ、もちろんです」よ、と内心呟きながら、鞄から取り出したのは、房総半島の南側の地域にフォーカスしたガイドブック『BOSO DAILY TOURISM 房総日常観光』。私が2018年10月に自費出版した本である。

 私は2014年に、「房総(千葉県)の名刺がわりとなる本をつくり、届ける」をコンセプトとした「暮ラシカルデザイン編集室」を立ち上げた。拠点は勝浦の里山にある古民家編集室だ……というとなんだか「地方で起業」みたいな流行りっぽいフレーズだが、なんてことはない、自宅をそのまま仕事場にしているだけのことである。

 大手流通……主に本業界で言うところの取次を通さない、個人で発行している本。いわゆる「リトルプレス」を手掛け、それを生業にしている。これまでに『房総カフェ』シリーズをはじめ、『房総のパン』『房総コーヒー』『房総落花生』など、千葉県をフィールドにした本を8冊、自費出版している。


 本を作るにあたっては、私自身が取材現場で写真を撮り、誌面デザインをし、執筆し終えたら本に使う紙を選ぶ。出来上がった本は千葉県の各地へ、時には鹿児島県まで軽自動車を駆って届けている。
 従業員は私一人のみだから、最近巷でちょくちょく耳にする「一人出版社」と言えなくもないが、私自身が本のコンテンツを作り、本を届けるプレイヤーであるから「出版社」という言い方は、私の仕事に関して言えば正確ではないなと思う(余談だが、新聞などの取材を受けると、だいたい「ライター」と一括りにされてしまう)。かといってうまい呼び方が見つからないので、今はひとまず「ひとり出版『者』」としている。「出版社」=出版を主たる仕事とした「組織」……というよりも、「出版者」=出版にかかわるアレコレの仕事をしている「人」…という感覚である。

 そんな「ひとり出版者」の概要を、「暮ラシカルデザイン編集室のスペック表」として簡潔にまとめてみた。

 ご覧いただいた通り、編集室の本は「書店以外」のところでかなり販売していただいている(「他」の中身は、美術館、雑貨店、道の駅、八百屋など)。このスペック表の販売比率は最新刊『BOSO DAILY TOURISM』のデータなのだが、他の本も大まかな傾向は変わらない。いや、特に『房総カフェ』シリーズはより「カフェ・コーヒー店」比率が上がるだろう。
 また、「委託販売」(=一定期間後、売れた数だけ清算する)の多い「書店」に比べ、「カフェ・コーヒー店」はほとんど「買切販売」(=卸先のお店が納めた分を購入。返品がない)なので売り上げベースでみるとさらに分がある。後々、詳しくこの辺りの話題に触れられればと思う。

 さて、この日は「au bon accueil」に10冊納めさせていただいた。ありがたいことに買切で購入いただいたので、卸価格は税込価格の60%。この数字を「えっ!?」という気持ちで凝視される業界の方もいるかもしれない。この辺もいつか解説できればと。

 後日、成瀬シェフから本の追加注文をいただいたので店を訪ねると、決して広い店舗ではないのに、こんな素敵な特設コーナーが出来上がっていた。


 編集室の本は、読者のみなさんや取材に協力してくれた方々にはもちろん、こうしたお店の人たち一人一人に支えられているのだ。成瀬シェフの心意気に触れ、本にしっかりと熱量を込め、しっかりとそれを送り届けたい。そう気持ちを新たにしたのだった。(つづく)


沼尻亙司さんの公式サイト「暮ラシカルデザイン編集室」
https://classicaldesign.jimdo.com/

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【ぬまじり・こうじ】
1981年千葉県生まれ。千葉県全域のタウン情報誌『月刊ぐるっと千葉』編集室に在籍した後、2014年に千葉・勝浦の古民家を拠点にした「暮ラシカルデザイン編集室」を開設。「房総の名刺のような存在感としての本」を目指して、取材・制作・編集などの本づくりから営業までを行う。これまでに、人・地域にフォーカスした『房総カフェ』『房総のパン』『房総コーヒー』『房総落花生』『BOSO DAILY TOURISM 房総日常観光』などのリトルプレスを発行。
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