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きれいをつくる
被災地の幽霊が示す新たな死生観 東北学院大学教授
金菱 清
第5回 「死」と真剣に向き合った学生たち
 「死」をテーマに卒業論文をまとめた学生たち。日ごろ意識することのない死と向き合うことで、20代前半の生命力にあふれた彼らはどのように変化したのでしょうか?

――「死」は重く、抽象的なテーマ。どう取り組むか、学生たちは考えあぐねた。

 卒論に取り組む3年生になったときに、「死」をテーマにフィールドワーク(現地調査)をして、それぞれの主題を探すよう指示しました。答えはフィールドにあるのですから。でも、当然ながら最初から見つけられっこない。そこで、社会学でいうブラックスワン(黒い白鳥)を探してきなさいとアドバイスしました。一般的な白い白鳥を探すのではなく、違う視点で物事を見なさいということです。そうすることで、学問的な深まりがもたらされる。

福島県浪江町で猟友会メンバーの調査をした伊藤さん
――東京電力福島第一原子力発電所の事故により避難区域とされた福島県浪江町で、猟友会メンバーの狩猟や鳥獣との向き合い方を調べた伊藤翔太郎さんも、ブラックスワンを見つけて展望が開けた一人。人間同様、震災によって喪われた動物の死を追ううちに、原発事故による避難で無人になった里の鳥獣被害の問題が浮かび上がった。野生動物を殺生すると同時に食べるという行為を通じて動物を供養し、住民や作物を守ってきた営みが、放射能汚染により一変。「山の恵みに対する感謝や命への畏敬の念を抱く余地もないほど人家を荒らす獣を前に、故郷を守る使命感と誇りに支えられ捕獲を続けている。供養をこえた命との向き合い方について考えさせられた」と伊藤さんはいう。

 学生ですから、まだまだ学識が足りません。でもその代わり、とてもストレートに聞くし、素直に見ようとする。だから研究者にはない視点で事実を拾ってくるんです。そこを大切にしたい。そういう意味で、私は研究者が集まった震災研究にはちょっと不満があるんです。学問的に見ようとするあまり、あるがままにものを見られなくなっているところがあると思うからです。

被災地の「両墓制」について調査した斎藤さん
――卒論は学生たちに変化をもたらしたようだ。斎藤源さんは、宮城県山元町で、流失した墓地の跡に手を合わせる人々を調査した。高台に移転した新しい墓と、遺骨が流されてしまった元の墓の両方に手を合わせる人たち。年配の人も若い人も異口同音に「お墓にはご先祖さまがいて、そのおかげで自分がある」と話すのを聞き、自分自身は形式的にしか墓参りに行ったことはなかったが、「亡くなった家族や先祖に思いをはせる場として墓の存在の大きさを知った」と振り返る。

岩手県山田町と宮古市で消防団を取材した小林さん
 学生たちは伸びますよね。それが楽しい。この経験は彼らにとっても財産になったでしょう。それを被災地のこれからに還元できたらいいと思います。僕自身、学生に対する見方も変わりました。学生って、こんなにも能力やネットワークを持っているんだなと。引っ込み思案だと思っていた学生が、調査対象にふさわしい被災者を紹介してくれた。学生から大いに学ばされました。

――出身地の岩手県山田町と宮古市で、命がけの活動をした消防団を取材した小林周平さん。消防団には「酒盛りをして、騒いでいるイメージしかなかった」と笑うが、危険を承知で防潮堤の水門を閉じるため海に向かう姿を通して、地域への彼らの深い思いに触れた。「話を聞いて、死への恐怖心より生に対する強い思いを感じました」と力強く語る。
次回は最終回。移転先で孤立する被災者がいる一方で、地域のつながりを保つために被災者自らがまちづくりを手がけ始めている現状を追います。


(構成:平間真太郎)
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【かねびし・きよし】
1975年大阪府生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。現在、東北学院大学教養学部地域構想学科教授。専門は環境社会学、災害社会学。著書に『千年災禍の海辺学――なぜそれでも人は海で暮らすのか』(編著、生活書院)、『震災学入門――死生観からの社会構想』(ちくま新書)などがある。
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