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きれいをつくる
被災地の幽霊が示す新たな死生観 東北学院大学教授
金菱 清
第1回「あいまいな存在」を受け入れて楽になる
 東日本大震災の被災地・宮城県石巻市で複数のタクシー運転手が幽霊に遭遇した――。今年1月、仙台の大学生がそんな卒業論文をまとめたという新聞記事が、大きな反響を呼びました。情報はインターネットなどを通じて海外にも拡散。BBCなど欧米の主要メディアからも取材が殺到しています。
 卒論を指導したのは、「死」をテーマに被災地で調査を重ね、死生観に基づいて社会のあり方を問い続けている東北学院大学の金菱清教授(災害社会学)。震災から5年、死者と向き合う被災地の人々を見つめることで浮かび上がってきたものとは? 6回にわたってお話をうかがいます。


――ゼミの学生7人の卒業論文をまとめた書籍『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)で紹介された「タクシードライバーの幽霊現象」は、多くの人の好奇心を掻き立てた。でも、この話、よくよく聞くと死を身近に感じることが難しくなった私たちに死生観を問い直している。

 石巻と気仙沼のタクシードライバーから工藤優花さんが取材し、「死者たちが通う街――タクシードライバーの幽霊現象」(同書第1章)としてまとめたものです。初夏なのにコートを着て乗り込み、会話も交わすけれどいつの間にか消えてしまう乗客。いずれも乗務日誌やメーター記録などの証拠を伴う目撃談です。
 実はここまで注目されるとは思っていませんでした。考えてみれば、死というものへの意識は被災者に限らず、私たちもどこかで持っている。普段は生きることで精いっぱいでも、何かの拍子に死というものがフッと心によみがえることがあるのではないでしょうか。だからこそ、幽霊の話がリアリティーを持って人々に受け止められ、死について考えるきっかけになっているのではないかと思います。

――幽霊に出会った運転手たちは初めは驚き恐怖を感じながらも、その無念を思い、温かいまなざしを注いでいる。

 運転手さんの中には、「また幽霊が出てきたら乗せる」と言っている人もいます。これは、私たちの一般的な感覚とは少し相いれないところがある。仏教的な教えで言えば、成仏せずにさまよっているのだから、あちらの世界(彼岸)に行ってもらい二度と出てこないように、となるでしょう。ところが、温かく受け入れている。

――幽霊に着目することで、あいまいにしか捉えられない存在を認める重要性が浮き彫りになる。

『呼び覚まされる霊性の震災学 3.11生と死のはざまで』
(新曜社)
 岩手、宮城、福島の3県では約2500人が行方不明のままです。幽霊もそうですが、今回の震災の特徴は、こうした「あいまいな喪失」にある。愛する人、身近な人との突然の別れは簡単に受け入れられるものではありません。この幽霊話は、あちらの世界でもこちらの世界でもなく、あいまいなものをそのままにしてプラスに評価することの大切さを私たちに教えてくれます。
例えば、日常的に使うパソコンで考えるとわかりやすい。資料を作ったときに、どのフォルダに分類・保存するか決まっていなければ、とりあえずデスクトップに置きます。「一時預かり」の状態です。整理ができた段階でフォルダに入れたり、ゴミ箱に捨てたりする。あいまいなものを無理に処理するのではなく、一時預かりすることで気持ちを楽にすることができるのではないか。仏教的な教えとは違う「死」との向き合い方を、被災者がすでに見つけ出しているのだと思います。

――次回は、震災によってあぶり出された死者との向き合い方や、被災地に幽霊が現れた背景について探ります。

(構成:平間真太郎)
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【かねびし・きよし】
1975年大阪府生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。現在、東北学院大学教養学部地域構想学科教授。専門は環境社会学、災害社会学。著書に『千年災禍の海辺学――なぜそれでも人は海で暮らすのか』(編著、生活書院)、『震災学入門――死生観からの社会構想』(ちくま新書)などがある。
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