× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
きれいをつくる
被災地の幽霊が示す新たな死生観 東北学院大学教授
金菱 清
第3回 被災者のニーズと社会の意識がズレている
 震災から5年を一つの節目と捉え、被災地の現状や復興の遅れが盛んに報道されています。国の復興方針も、2016年3月までを集中復興期間と名づけ、ひと区切りとしてきました。「千年に一度」と表現された大災害。そもそも、被災者にとって5年は区切りといえるのでしょうか?

――東日本大震災から5年が経ち、震災の記憶の風化が危ぶまれている。

 私は大阪出身で、阪神・淡路大震災を体験しましたが、そのときよりは関心が長く続いているように思います。あのときは2カ月後に地下鉄サリン事件があって、マスメディアの報道がそちらに切り替わってしまった。研究も関西を中心に続けられてはいましたが、なかなか全国規模にはなりませんでした。その点、今回は東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐる関心の高さもあり、長続きしていると思います。
 一方で、震災報道に対する拒否反応が増えている。月1回被災地の声を東京で放送しているテレビ局の人によると、「いつまで被災者ぶっているんだ」といった声が寄せられることも多いそうです。ある通信社が西日本の新聞に被災地の記事を配信すると、「もう被災地の話は送ってくるな」と露骨に言われるとも聞きました。

――今も11万人以上が仮設住宅での暮らしを強いられているように、被災地では依然として厳しい状況が続いている。なにより、家族やふるさとをなくした人が大勢いる。被災者の喪失感は、たった5年で癒えるものではない。

 新聞記事が出た後、15歳で阪神・淡路大震災を経験したという人から大学宛にメールが届きました。卒論を書いた学生と会い、自分の体験を話したいというのです。大学としてはお断りせざるを得なかったのですが、そこから見えたのは、21年間も被災経験やショックを言葉にできず、ずっと抱えて生きてこられたんだなということでした。

――被災地に通う中で、金菱さんは被災者と社会とのズレを痛感する。

 心のケアが大切だと、震災直後はさまざまな無料相談が開かれました。でも、こんな例がありました。夫を亡くした女性がカウンセリングを受けようと思っていたけれど、すぐ行動に移すには精神的にも体力的にもきつい。そこで、相談窓口が書かれた新聞記事を大事に持っていて、やっと体力が戻ってきた段階で無料電話にかけたら、すでに窓口は閉じられ、不通になっていた。外部が必要と考えるものと、当事者が今これが必要と思うものがかみ合っていないのです。

――では、どのようなケアが考えられるのか。被災地の調査を通じて金菱さんが見出したのが「記録筆記法」だった。

 被災者自身に体験や思いを綴ってもらった『3・11慟哭の記録――71人が体感した大津波・原発・巨大地震』(編著、新曜社)を2012年にまとめました。本にしてはいけなかったのかなと、実は良心の呵責がありました。ところが、「書いてよかった」「肩の荷が降りた」と多くの人が言ってくれた。
 理由を探りながら調査を続けてわかったのは、身内を亡くした被災者がカウンセリングに行くと自分は楽になるけれど、それは愛する人を忘れてしまうのと同じことだと、とても罪深く思えてしまうわけです。でも、被災者自身が体験を書く記録筆記法では、そこに亡き人への思いも記すことができる。そうすることで、亡くなった人への思いを残すことができて気持ちが静まるのですね。これも、うまく整理できない状態を「一時預かり」にすることの効用です。

――4回目は、一人ひとりの被災者に視点を合わせた共感のあり方の必要性についてうかがいます。

(構成:平間真太郎)
ページの先頭へもどる
【かねびし・きよし】
1975年大阪府生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。現在、東北学院大学教養学部地域構想学科教授。専門は環境社会学、災害社会学。著書に『千年災禍の海辺学――なぜそれでも人は海で暮らすのか』(編著、生活書院)、『震災学入門――死生観からの社会構想』(ちくま新書)などがある。
新刊案内