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美しいくらし
気づけば幸せ「不便の益」 不便益システム研究所
川上浩司さん+平岡敏洋
最終回 選択肢は多いほうがいい

 何だか気になる謎の研究所の正体――そこは、「便利はいいことだ」という意識が根強い世の中にあって、あえて「不便の益」を考え続けているウェブ上のバーチャル組織でした。じっくり考えれば、私たちの身近な所にも不便益はたくさん点在しているのです。

――不便がもたらす効用(利益)を研究テーマにしている川上さんと平岡さん。2人が実践している不便益ってありますか?
 

川上 不便益を語る者として、便利な道具を使ってその問題点を指摘するべきか、便利な道具をあえて使わずに不便な日々を過ごしてその益を指摘するべきか、迷うところです。まあ、結局はどちらか一方にすることなんてできないですけどね。あえていうなら携帯電話は1度も持ったことがありません。腕時計をするのもやめました。腕時計が壊れたときに新しいものを買おうと思ったのですが、「いや待て、もしかしたら益があるかも」と半ば意地になって、それ以来、腕時計のない生活をしています。携帯電話も腕時計も持っていないと時間がわからなくて不便じゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。大学の講義でも、一番前の席に座っている学生に「今、何時?」と聞けば教えてくれるし、そのことがきっかけで学生の顔を覚えることもできます。

平岡 僕は便利が大好きだから、スマートフォンもノートパソコンも常に持ち歩いていますよ。よく間違われるのですが、不便益という考え方は決して便利な生活を批判しているわけではありません。

――そうなんだ。ただ単純に「不便がいい」「昔の暮らしに戻ろう」といっているわけではないんですね。

平岡 でも、よい便利と悪い便利、よい不便と悪い不便があると思うんです。「不便」を「手間」に置き換えると、手間をかけた分だけ何かを得られるものと、いくら手間をかけても単にそれだけ、という2種類の手間がある。後者は手間を省いてもっと便利になってもいいけれど、前者は大切したほうがいい。すべての便利を否定して昔の暮らしに戻るのではなく、新しい改善策を導き出すためにも、「今あるものに新たな手間を加えて失った益を取り戻す」という発想を持つのがいいのではないかと考えています。

川上 選択肢の一つとして不便益を提示して、わからない人には話しかけていく。無理強いはしないというのが基本です。

――それなら私でもできそう。「まずはこの辺からやり始めてみたら」ということがあれば教えてもらえますか?

平岡 手帳ですかね。スマートフォンやパソコンのオンラインカレンダーでスケジュール管理をすると、全然頭に入らない。だから僕はオンラインカレンダーと手帳の両方を使っています。汚い字でもいいから、自分の手で書くことで頭の中にちゃんと入る。「手で書くことのよさ」というものを、もう少し復活させてもいいのではないかと思います。

川上 携帯電話やスマートフォンは、先ほどお話したように1回も持ったことがありません。僕が持っていないことで連絡がつかずに「不便だな」と思っている人もいるのかもしれませんが、僕自身は不自由していません(笑)。

平岡 川上先生はいいかもしれませんが、周囲は大変。結局、僕のところに「川上先生はどこ?」って電話がかかってくるんですからね。人の不便は自分の利益じゃダメですよ(笑)。

川上 う~ん、それならモバイルはどうかな。携帯電話やノートパソコンといったモバイルを持つのをやめてみると、案外スッキリしますよ。

平岡 川上先生は持ち物を減らしていく派ですよね。でも、僕はカバンのなかに常にいらないものがいっぱい入っている。そうすると落ち着くんです。だから、それは僕にとっては不便じゃないんだと思っています。

――どこまで不便を強いるかというところで意見の違いがあるものの、それを楽しんでいる仲のいい2人。これも不便益の効用かも。左派・右派という表現を使うと、平岡さんは中道右派か右派。川上さんは中道左派なんだそう(笑)。でも、互いに考え方の多様性を認めている。「わかりにくい不便」には、それぞれが自分なりに解釈させてくれる余地がある。

平岡 人間は適応力があるので、何も考えずに楽な方向に流れていきがちです。うっかり漢字を忘れてしまっても、「パソコンでひらがなを入力すれば、ササッと漢字に変換してくれるから問題ない」といって覚える努力を怠る。僕自身はそれが怖い。自分がどんどんアホになる、ダメになっていくというか……。便利になったことで自分にとってのQOL(quality of life/生活の質)が下がっていると感じるのです。それを取り戻す意味でも不便益を生かしたシステムデザインは大事だと思うし、それによって多くの人が益を感じるというか、もっとハッピーになってほしいですね。

川上 不便益はあくまでも選択肢の一つ。その考え方を他人に押しつけるものではありません。でも、選択肢は多いほうがいいのではないでしょうか。「これは大事だよね」と投げかけることによって、「あ、そうかも」という人が増えるかもしれない。今までは「社会全体が便利だったら、それでいいじゃない」という考えで大方のことを済ませてきたけれども、「そうじゃないかも」って思う人が増えてきたら、おそらく社会は変わると思っています。

――「不便益ってなんだろう」と語るだけでもいろいろな広がりが出てくる。まさに、気づけば幸せ不便の益! あなたも、身の回りにある「不便でよかったこと」を探してみませんか?

(構成・編集部)

【不便益システム研究所のホームページアドレス】
http://fuben-eki.jp

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【かわかみ・ひろし】
1964年島根県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。京都大学学際融合教育研究推進センターデザイン学ユニット特定教授。著書に『不便から生まれるデザイン』(化学同人)。

【ひらおか・としひろ】
1970年福岡県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。博士(情報学)。京都大学大学院情報学研究科助教。デザイン学ユニット構成員。

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