味噌に魅せられ、日本全国の味噌蔵を訪ね歩き、その魅力を自身のWEBサイトや料理教室、ラジオやテレビ等のメディアやイベントなどを通じて発信している実践料理研究家・みそ探訪家の岩木みさきさん。これまで訪ね歩いた味噌蔵の中から特に思い出に残る50蔵を厳選して紹介する『にっぽん味噌蔵めぐり』(東海教育研究所)を、2024年6月下旬に刊行しました。そこで、これまでの歩みを振り返りながら、味噌と味噌蔵の魅力について岩木さんに教えてもらいました。2回に分けて紹介します。―― 2016年から始めた岩木さんの味噌蔵めぐり。これまでに100カ所もの味噌蔵を訪れたそうですが、その原動力は何だったのでしょう。
岩木みさきさん
「料理家としてもっと日本の食のことを知りたい」という思いを抱いて、料理に使う調味料の一つである味噌と向き合うと決めて丸8年。味噌蔵について知りたい、味噌にはどんな種類があって、誰がどのように造っているのだろう――それらを単純に「知りたい」という探求心が私の原動力です。仕事として誰かから依頼された訳でもないので、時間もお金もすべて自分の持ち出しです。そこで、車を持っていない私が日本各地を巡るため選んだ交通手段は夜行バス。なるべくお金をかけずに時間を有効活用して、一つでも多くの味噌蔵をめぐりたい。味噌蔵めぐりを始めた当初はそんな気持ちでいっぱいでした。
最初の2年間はとにかく、がむしゃらに出かけていましたね。でもそのうち、味噌蔵について誰もその現状を正確に把握していないことに気づいたのです。もちろん、調べれば全国に点在する味噌蔵の数や、味噌の種類、造り方といった基本的な情報を知ることはできます。けれど、そもそも味噌は「味噌蔵の数だけ味がある」といわれるように、地域だけでなく蔵によっても味や見た目が異なるもの。誰が、どこで、どのように造っているのかといった、味噌蔵ごとの具体的な情報をまとめた資料はどこにもなかったのです。
そんな現状を知れば知るほど、「何ができるかわからないけど、今やらないときっと後悔する!」「頑張っている味噌蔵の皆さんを少しでも応援したい、役に立ちたい」――そんな使命感みたいな気持ちが芽生えてきました。ですから、私が8年間をかけてめぐった味噌蔵の皆さんのこだわりや情熱を『にっぽん味噌蔵めぐり』という一冊の本にまとめることができて、とてもうれしく思っています。
―― 新刊『にっぽん味噌蔵めぐり』では、全国50の味噌蔵とおすすめの味噌を紹介していますが、特に印象に残ったのは、味噌蔵で働いている人たちの味噌造りへの思いや素顔を紹介するエピソードです。本を読みながら、一人ひとりの顔が目に浮かぶようでした。 その言葉は私にとって、とてもうれしい褒め言葉です(笑)。この本を書くにあたって私の頭の中にまず浮かんだのは、味噌蔵めぐりで出会ったたくさんの人たちのこと。もちろん、味噌のおいしさや味わいを伝えることも大事ですが、「この味噌を造っているのは、こんな人なんだよ」「こんな熱い思いを抱いて味噌を造っているんだよ」といった、造り手の素顔を伝えたいと思ったのです。
味噌の基本を教えてもらった「始まりの蔵」(神奈川・麹屋川口)
なぜなら、造り手さんたちと出会うことが、私が味噌蔵めぐりをする理由でもあるからです。味噌を手に入れるだけなら、インターネットや近所のスーパーでもできます。でも、それだけではわからないことはたくさんある。味噌蔵を訪れ、そこで働く造り手さんたちに直接会って話しをすることで、その人柄がわかってきたり、その人自身のエネルギーを感じたりすることがあります。そうすると、味噌蔵の皆さんが造る味噌の個性がよりはっきりと見えてくるのです。
私にとって味噌は人気者のアイドル。アイドルグループのメンバーはみんな可愛くて、歌も踊りもうまくて、ひと目見ただけではなかなか全員の顔と名前を覚えるのは難しいですよね。けれど一人ずつ会ってみると、この子はトークが上手で、この子は絵が上手というように、それぞれの個性が見えてきます。味噌も同じで、味噌蔵に足を運んで造り手さんがどんな人なのかがわかってくると、その人が造る味噌も違って見えてくるのです。そして会う回数が重ねるたびに理解が深まります。そのために私はわざわざ日本全国の味噌蔵をめぐっているのかもしれません。直接会って話し、積み重ねていった記憶は何年経っても色褪せないなと、本を書きながらしみじみ感じました。
―― この本を読んでいると、岩木さんが味噌蔵の方々との出会いを大切にして、その後も交流を続けている様子がわかります。岩木さんにとって、味噌の造り手さんとはどのような存在ですか?
定価2200円(税込)
自ら足を運んだからこそ見えてきた造り手の素顔と多彩で味わい深い味噌の魅力をひもとく一冊
この本を書きながら、「味噌造りに携わる人たちって、どういう人なんだろう」と、あらためて考えてみました。すると、「忍耐強くじっくり考えてから動く」「動くまでには時間がかかっても必ず動いてくれる人が多い」ということに気づいたのです。
残念ながら国内の味噌の消費量は年々減少傾向にあり、味噌蔵も失われつつあります。私が味噌蔵めぐりを始めてから8年の間に200もの蔵がなくなっているのです。それでも業界全体のために何かに率先して取り組もうとか、意見を出してまとめようという動きが、当事者である味噌蔵の皆さんからは正直あまり出てこないこない――味噌蔵めぐりを始めた当初は特にそう感じていました。逆に私のほうが味噌業界全体のために何かをしたいと勝手に熱くなってしまって、空回りしていた時期もありました。
ところが、味噌蔵の皆さんと何度も会って話をするだけでなく、一緒に蔵見学やイベントなどに参加する中で、彼らの「内に秘めた静かな情熱」に気づかされたのです。少しわかりにくいかもしれませんが、味噌の造り手さんには「青い炎を心の内に持っている方」が多いのです。赤々と燃え上がるエネルギッシュな炎ではなくて、内に秘めた静かに燃えている炎です。関係を築くまでには時間がかかるけれど、関係を築くことができたら揺るがないという信頼感、そんな味噌蔵の皆さんの秘めた情熱を、私は青い炎みたいだなと思うのです。
「蔵を訪れることで、味噌への理解はより深まります」と語る岩木さん(岐阜・芋慶)
よく考えると、味噌も同じです。味噌は仕込んでから一定期間、蔵の中で寝かせることで発酵・熟成が進んでおいしい味噌になります。蔵の中にただ置いているだけに見えますが、そうではありません。その間にも微生物が働いて味噌独特の味や香りを造り出す。一見すると何もしていないように見えるけれど、実はものすごい力を持っているのです。それはまさに、「忍耐強くじっくり考えてから動く」「動くまでには時間がかかっても必ず動いてくれる人が多い」という、味噌蔵の皆さんの印象とも結びつきます。(つづく)
―― インタビューの後編では、味噌蔵100カ所をめぐった今だから思う味噌の魅力について、料理研究家ならではの視点で語ってもらいます。【岩木みさきのみそ探訪記】
https://misotan.jp/(構成:小田中雅子)
【参加募集中】『にっぽん味噌蔵めぐり』刊行記念イベント
7/26開催 あなたの知らない味噌の世界
新刊『にっぽん味噌蔵めぐり』の刊行記念イベント「あなたの知らない味噌の世界」を、2024年7月26日(金)19時30分から東京・台東区の透明書店で開催します。当日は、著者・岩木みさきさんが、味噌蔵めぐりのマル秘エピソードなど、本では紹介しきれなかった奥深い味噌の世界を紹介。猛暑を乗り切るための味噌の意外な利用方法やお手軽絶品レシピなど、知って得する情報も満載です! ◆詳細&参加申し込みはこちら⇒★
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【いわき・みさき】
1988年神奈川県生まれ。 「生産と消費を紡ぎ、すぐに実践できる健康レシピ」をテーマに、レシピ考案・撮影、料理教室を手がけるほか、47都道府県を探訪しての取材執筆や行政案件にも多数対応。ラジオやTV等のメディアにも出演。料理教室misa-kitchen主宰。日本の伝統調味料である味噌に魅せられ、日本各地の味噌蔵100カ所以上を探訪。これまで食べた味噌は600種以上にものぼる。著書に『奇跡の発酵調味料 みその教科書』(エクスナレッジ)、『1分美肌みそ汁』(学研プラス)など。