第5回 失った「なにか」を思い起こす美しい村【ルールマラン】
美しい朝焼けが、窓の外に広がる静かな朝のひととき。
友人が「今朝咲いたのよ」と手折ってくれた咲き始めのタイサンボクの香りとカフェオレを楽しみながら、ふと、本棚に目をやると、このご時世に不思議な因果を感じるアルベール・カミュの『ペスト』に目が留まりました。本に触れ、パラパラとページをめくると、ひまわりが揺れるあの村が瞼の奥に広がっていきます。
この本は、「Yahoo!検索大賞2020」の小説部門賞を受賞したそうですが、カミュが永遠の眠りにつくプロヴァンスきっての美しい村「ルールマラン」が、このたび、
読者アンケート「フランスの行ってみたい村」にて、栄えある第1位に輝きました。
実はこの村。
私にとっても特別な村の一つで、まだ友人関係であった夫と付き合うきっかけとなった場所でもあります。さらに、父が亡くなった年の夏、2人で思い出にふけりながら母と一緒に旅をした心に残る村なのです。
夫と二人、ルールマランの近くに住む友人夫妻を訪ね、小さな噴水のあるカフェで語り合った時間は、なんともゆったりとした時が流れていました。
当時、仕事が忙しく、まさに心をなくしていたかのような毎日に追われる日々。
誰かと笑顔で語り合う時間なんてどれくらい前だったのだろう……。
行きかう人々がビズを交わし、散歩途中の犬に駆け寄って遊ぶ無邪気な子供たちの笑い声、鼻をくすぐる焼きたてのクレープの香りと、カフェで寛ぐ年配のご夫婦の幸せそうな笑顔……。
ルールマランに行ったことがある方なら、目を閉じればあの雰囲気を思い出すことができることでしょう。私はその瞬間、自分が失っていた「なにか」を思い出したのです。
緑あふれるこの村の細い路地を歩くたび、目に入る可愛いアイアンの看板や色褪せた扉に目を奪われ、気がつけば小さなお店に吸い込まれるように入ってしまいます。
今は残念ながら閉店されてしまいましたが、重厚なアイアンの扉がある「Côté Bastide」のお店を初めて見たときの興奮は今でも忘れられません。その隣にある小さなブロカントのお店で購入したブルーのガラス瓶は、今でも大切に部屋に飾ってあり、アルティザン(職人)の作った陶器が並ぶお店で買ったボウルは、我が家のどんぶりとして使われています。
最近ではおしゃれなラベンダースティックのお店もでき、ますます雑貨好きな方を楽しませてくれます。
そんな小さな思い出のかけらを集めた村が私にとってのルールマラン。
できれば、この村に滞在し、プロヴァンス・リュベロン地方をゆっくり旅してみてください。ルールマランの雑貨屋さんで見つけた小さな可愛いカゴを片手に、路地巡りをしているうちに、もしかすると、あなたの心にも眠る「なにか」を見つけることができるかもしれません。
「思い出」という名の小さなかけらを、カゴいっぱいに詰め込みながら、また次の旅に出かけていきましょう。
さて、次回はいよいよ最終回!
最後に描く村が、どこになるのか楽しみにしていてくださいね。(つづく)
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