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仲野マリ
最終回 新版歌祭文~野崎村  野に咲く花の恋と意地~お光ちゃんの選択①
 お光はどこにでもいる「ごく普通の」女の子。大坂という大都市の郊外、のどかな野崎村で平凡な毎日を過ごしています。親孝行で純朴で、裏も表もない素直さは、「濃いキャラ」がたくさん登場して活躍する歌舞伎作品にあって、主人公としては珍しい存在かもしれません。
 大輪の牡丹や百合、バラのような派手さはありませんが、どこかほっとするお光ちゃんの生き方は、歌舞伎ファンの間でも絶大な人気を誇ります。結婚式当日に恋の迷路に入り込んでしまうお光ちゃん。彼女はどういう決断をすることになるのでしょう。


100年経ってもリメイクが売れまくった“お染久松もの”
「野崎村」は『新版歌祭文』という全五段の浄瑠璃の二段目にあたります。この『新版歌祭文』は“お染久松もの”の一つ。“お染久松もの”とは、1710年に大坂で起きた大店の娘お染と手代久松の心中事件を題材に書かれた作品群を指します。事件発生直後からお芝居になり、以後多くの“お染久松もの”が誕生しました。

 今残っている代表的な作品としては、1767年初演の『染模様妹背門松(そめもよう・いもせのかどまつ』(作・菅専助)、今回お話しする「野崎村の段」が入っている1780年『新版歌祭文』(作・近松半二)そして1813年『於染久松色讀販(おそめひさまつ・うきなのよみうり)』(作・鶴屋南北)が挙げられます。
 事件発生の年と、各舞台の初演年を見てください。事件から50年経っても100年経っても、まだリメイクされています。そして現在まで残っている、つまり、売れまくっている! 最強のキャラ「お染久松」は、江戸のエンタメ業界にとって、現代の「ゴジラ」みたいなものだったのかもしれません。

 このように、昔はお芝居が一つ当たると、そのキャラクターやあらすじを使って同様の作品が雨後の筍のようにどんどん生まれました。「著作権」という観念がなかったせいでしょう。でも悪いことばかりではありません。多くの作り手が知恵を出し合い競い合ったことで結果的に改良が重ねられ、今に残る名作が生まれる土壌をつくったのも事実です。『仮名手本忠臣蔵』も『曾根崎心中』も、そうやって確固たる古典作品となりました。

 その過程で、先行作品にはなかった登場人物が追加されたり、人物の関係が変化したりすることはよくあり、『新版歌祭文』全体としては先行作品をなぞって進行するものの、二段目の「野崎村」だけは、近松半二がほぼ新たに書き加えたと言ってよい部分で、ここだけ見ると、主人公はお染久松ではなく、お光という娘となります。

名もなき花に名づけるごとく
 実はこのお光、先行作品『染模様妹背門松』には登場しません。1回だけ、久松の養い親である久作のセリフの中に「お前と娶せるつもりで引き取っておいた隣の娘」という設定で「おくめ」という名が出てくるだけです。

 知らぬ間に養い親が決めていた、形ばかりの許嫁など、お染と相思相愛の久松にとっては面倒でしかありません。その存在に、近松半二は「お光」という名前をつけて光を当てたのです。いわば大ヒット作品のスピンオフとして生み出されたキャラクターですが、これがまたもや大ヒット!
『トム・ソーヤ―の冒険』から『ハックルベリー・フィンの冒険』が派生し、『クレヨンしんちゃん』から映画「雲黒斎の野望」が生まれたように、脇役が予想外の人気を得ることはよくあります。お光人気はとどまることを知らず、『新版歌祭文』は「野崎村」ばかりが上演されるようになりました(*)。

 ではなぜ、お光はそれほど愛されるようになったのでしょう? 
 幼なじみで親の決めた許嫁・久松は、主人の娘とのひそかな恋に身を焦がし、ともに死んでも構わないほど思い合っている。そんな男の嫁になる女性の心の内を、「野崎村」は鮮やかに描いていきます。



(*)お染と久松を主人公とする本筋は『染模様妹背門松』が代表作として人気が高く、今もよく上演されます。また、『於染久松色讀販』は通称「お染七役」といい、看板役者が「お染・久松・お光・久松の姉の竹川・芸者小絲・お染の母の貞昌・土手のお六」の七役を、一人早替りで演じるケレンが見どころ。『新版歌祭文』の33年後に書かれたこの作品では、すでに「お光」が「七役」に欠かせない人物として定着しています。


【仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド】
http://kabukilecture.blog.jp/
【エンタメ水先案内人】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラム)http://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01
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