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キューバ人は生き方上手 ウェブマガジン「キューバ倶楽部」編集長
斉藤真紀子
第4回 キューバの食卓

地元の人が集まるハバナ新市街(ベダード地区)のレストラン


 ハバナ旧市街の国営レストランで日本人の女友達と食事をしていたときのこと。話しかけてきたウェーターが「アニメオタク」だというので、思わずじっと見つめてしまった。日本のアニメファンは今や「世界どこでもある現象」だが、屈託なくにこやかな彼は、ちっとも「オタク」な雰囲気をまとっていなかったからだ。日本人に出会えたのがうれしいのか、初対面なのにしゃべり続けてくる。ちょっと早口なところが、オタクを自認する人との共通点か。「こんなに明るいのに、ほんとにオタクなの?」と聞いたら、こう言って笑いこけた。

「キューバは宅配ピザがないから、家に引きこもれないんだよ~」

 日本人の暮らしぶりはアニメで学んでいるのだという。研究熱心な彼はあらゆる年代のアニメを知っていて、私たちにこんな質問をした。
「サザエさんの家みたいに、日本人は家族みんなで食卓囲んで夜ごはんを食べるでしょう?」

 彼の目にはおにぎりや焼きそばといった日本の食べ物はもちろん、家庭での朝ごはんや夜ごはんの風景がとても新鮮に映ったようだった。
 「いやあ、あれは昔の漫画で……」
 そう言いかけて、思わず考え込んでしまった。「古きよき」日本の原風景を「昔のことだよ」と簡単に片づけてしまっていいものだろうか。

 キューバの人々にとって、外食はつい最近まで珍しかった。今でこそ自営業の規制が緩和されて飲食店が増えたが、5~6年ほど前までは外食できる場所は限られていた。レストランや自宅の一部を開放した「パラダール」と呼ばれる食堂はあったものの、それらはほとんど外国人のためのもの。キューバは主に外国人用の兌換ペソと人民ペソがある二重通貨制を敷いており、地元の人が兌換ペソ払いの食事処を利用するのは珍しかったのだ。

ハバナの家庭のキッチン
 キューバの典型的な料理といえば、チキンやポーク、黒豆と米を一緒に炊いた「コングリ」、青バナナをフライにした「トストネス」など。ハムやチーズ、ポークを挟んだシンプルなサンドイッチや、マンゴー、パパイヤといったフルーツもよく食す。国産のラム酒やコーヒーの品質は、世界に知られているとおりだ。
 それでもグルメ天国ニッポンから来た私たちは、こうした料理をレストランで味わっていると、ある種のひもじさを感じずにはいられない。食材も味つけのレパートリーもバラエティーがなく、おなかいっぱいになっても満足感が薄いのだ。

 観光地なのに食をアピールできない背景には、経済が困窮し、モノ不足が食糧事情にも及んでいるキューバの状況がある。社会主義国といえば農業のビジョンがしっかりしているイメージだが、キューバは農業国とはいえない。なぜなら、輸入に多くを頼っているからだ。
 革命前から砂糖などの「モノカルチャー経済」で発展してきたキューバ。「モノ(単一)カルチャー(栽培)経済」はその名のとおり一国の産業構造が限られた農産物などに特化した経済で、植民地支配のころの名残でもある。それゆえキューバも、肝心な国民の主食などの食物自給率は低く、大半を輸入に頼る。食糧の配給制度は国民が飢えることのないセイフティネットだが、その反面、配給で米、豆、パン、砂糖、卵、肉……と食材が決められているがゆえに、食生活の選択肢が限られてしまうのである。

 キューバで現地の人と友達になって一緒にお店に行くと、彼らが「何も注文しない」ことがある。外国人兌換ペソ払いの店は現地の人にとって高価だからだ。もちろん、それを承知で積極的に外国人と友達になり、ちゃっかりご馳走にあやかりたい人もいるのだが、件の「アニメオタク」のような真面目な若者は、300円ほどのドリンクをこちらが支払うといっても遠慮する。

 あるとき「アニメオタク」が、奥さんとご両親、親戚が住む家に招待してくれた。奥さんがこしらえてくれた料理は、観光客向けレストランとは比べ物にならないほど風味が豊かだった。ハーブやスパイスをふんだんに入れて煮込んだチキン、野菜のソテー、青バナナを揚げたトストネス、豆のシチューにライス。レストランは手を抜いているのか? と疑念がわいてくるほどにうまかった。おそるべし、家庭料理の実力!
 さらにグッときたのは、「もっと食べて」とひっきりなしに勧めてくれる、おもてなし心。ラム酒だって葉巻だって、とにかく自宅にあるだけの種類を次々と持ってきて「これ飲む?」「まだ食べる?」と、まさにぜいたく三昧だ。「生活が大変なのに全部出さなくていいから」といったら逆に失礼かもしれないから、脳みそがはじけるくらい食べて飲んで笑った。案の定、レシピを聞いたらたくさんの調味料を使っていた。

 そのとき、東北で最近まで長生きしていた祖母の声が脳裏をよぎった。私たちが訪ねるたび、ひっきりなしに「これけ(食え)」とありったけを食卓に並べていたっけ。そのときは、「もういいよ、おばあちゃん」と言うのが精いっぱいだったなあ。
 食料事情が豊かとはいえないからこそ、キューバでかみしめた家庭料理のおいしさとホスピタリティ。サザエさんに出てきた日本の食卓が、ちょっぴり懐かしくなった。(つづく)

【写真提供:斉藤真紀子】
【キューバ倶楽部】
http://cuba-club.net/
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【さいとう・まきこ】
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞社出版『AERA』専属記者を経てフリーランスライターに。1999年に初めてキューバを訪れ、その街並みや音楽、人々に魅せられ、以来「心のふるさと」に。取材を重ね、『AERA』で「キューバ人はなぜ幸せか」(2012年1/16号)、「医療大国担うキューバの女医」(同4/23号)を執筆。「キューバの今」を伝えるべく、15年にウェブマガジン「キューバ倶楽部」を立ち上げる。
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