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かもめアカデミー
歌舞伎を身近に楽しむヒント エンタメ水先案内人
仲野マリ
第3回 観客の熱気が舞台をつくる
 「歌舞伎を観るなら、ぜひ劇場で!」と仲野マリさんはいいます。その理由のひとつは、単に芝居を観るだけでなく観客と演者が一体となってつくり上げる舞台を感じてほしいから。今回は、意外と近い観客と舞台の関係についてのお話です。


観客と役者を結ぶ「花道」の威力
 前回、「歌舞伎はエンターテインメントを追求してきた」というお話をしましたが、歌舞伎には「花道」があります。客席の中を通って俳優が舞台に上がるこの「花道」の存在は、他の舞台に比べ、舞台と客席の距離をぐっと縮めました。観客が俳優を身近に感じるだけでなく、俳優も、観客の反応をじかに感じる。だから、観客の興味を引くための愉快な演出や仕掛けが、たくさんあります。
 
 たとえば「チャリ場」。道化役が出てきて滑稽な芝居をするのですが、ここは遠慮なく笑っていいところです。こうした「笑い」はちょっとした息抜きにもなっていて、長い深刻な物語を見せるにあたって、観客を飽きさせない工夫の一つでもあるんですね。
あるいは「御馳走役(ごちそうやく)」といって、主役よりも格上のベテラン人気役者が端役で特別出演し、観客を大いに喜ばせることもあります。逆に、舞台進行上は大した役でもなかったのに、そのとき出た俳優が自分なりの工夫をしたために大いに客席がわいたので、以来そこが見せ場になり、観客もその場面を楽しみにするようになった、というものもあります。

 バレエやオペラでは、物語の主要な登場人物ではないけれど、1曲だけ踊ったり歌ったりして退場するシーンがあります。物語の筋より、ダンサーの技量を味わうための仕掛けです。歌舞伎でも「歌」や「舞」の部分が際立って、見どころ、聴きどころになっている場面がたくさんあります。こうした部分はストーリーを追いたい気持ちをちょっと脇において、一つの独立した場面として楽しむとよいでしょう。

 舞台の核心となる部分では物語に込められた人間の真実を感じて涙し、愉快な場面では緊張を解いて思い切り笑い、美しい舞踊や音楽、あるいは華やかな舞台装置に目や耳を楽しませる…。劇場で歌舞伎を観ることは、五感をフルに使って歌舞伎の世界を味わうということなのだと思います。

同じ演目を違う俳優で観る醍醐味
 歌舞伎は新作より古典が多いので、「同じ演目を何度も観る」のが当たり前。現代劇でも名作は再演されますが、まったく同じに、というものは少なく、舞台装置も演出方法も敢えて変えることがしばしば。でも、歌舞伎は大筋ではほとんど変わりません。ですから、初めてのときに「あのときもうちょっと注意して観ていればよかった」と思ったら、次回はそこに集中して観ることができます。加えて、前回は見落としていたことに気づいたり、衣装や音楽の面白さを味わったり。なかでも最大の楽しみが「同じ演目を違う俳優で観る」ことです。ベテランのよさ、若手のよさ、俳優の個性の違い……。キャスティングによって、同じストーリーがまったく別の感慨をもたらすマジックを、ぜひ体験してください。

 このように、同じ演目を何度も観ていると、おのずとその作品への関心が深くなってきます。題材になった古典作品や歴史にも目を向けたくなるでしょう。第1回でお話しした『熊谷陣屋』でいえば『平家物語』です。私は歌舞伎講座で、原文の紹介をすることがあります。古文は難しいと思い込んで敬遠してしまいますが、せりふをそのまま声に出して読むと、案外わかりやすく、心に響くものですよ。

 逆に、一度歌舞伎の舞台を見ていることで、歴史や時代背景、生活・文化・考え方なども前より理解しやすくなります。それはテレビの大河ドラマなどと同じですね。そして再び同じ演目を観るとき、あなたは物語をより深く理解しているはずです。理解すれば理解するほど、新たな謎や魅力を感じられる。それも古典芸能の底知れぬ力です。

最高の舞台に、拍手を届けよう!

 歌舞伎では、上演中に「中村屋!」「成田屋!」などという掛け声が掛かることをご存じの方も多いのではないでしょうか。これは「大向こう(おおむこう)」といって、実は「拍手」の代わりなのです。日本にはかつて「応援・称賛としての拍手」という習慣がなく、俳優が登場したり見得を切ったりしたときに「中村屋!」「成駒屋!」など、自分の御贔屓の役者の屋号を口々に叫んでいたそうです。

 現在は、ベテランの「大向こう」さんたちの専売特許にほぼなっており、観客は拍手が一般的です。というのも、「大向こう」を掛けるときは、俳優さんたちが気持ちよく見得を切れるよう、セリフにかぶったりせず、「ここぞ」というタイミングで入れる必要があるからです。すでに「大向こう」は単なる声援ではなく、歌舞伎の一部分になっているとさえ言うことができるでしょう。ビギナーがトライするにはちょっと難しいですが、何度も劇場に通っていると、その絶妙な間のとり方に酔いしれますし、大向こうが掛かったときの俳優の反応や、会場の盛り上がりが待ち遠しくなります。「大向こう」は大概の場合、そこが拍手のタイミングでもあります。

 逆に緊迫した場面では、大向こうも拍手もなく、水を打ったような静寂が広がります。そんなとき、俳優さんたちは、観客からみなぎる熱気を感じるのだそうです。そして、それを「じわ」「じわが来た」という言葉で表現し、自分たちへのご褒美と思い、励みにしているとか。歌舞伎は舞台と客席が一体となって作り上げる芸術でもあるのですね。こんなふうに歌舞伎をつくる一員に、あなたもぜひなってください!

※ 次回(最終回)は、いよいよ「初めての歌舞伎」についてお話しします。


◆仲野マリさんの歌舞伎講座のご案内
 詳細は「GINZA楽・学倶楽部」のホームページをご覧ください。http://ginza-rakugaku.com

「女性の視点で読み直す歌舞伎ビギナーズガイド」
 歌舞伎に登場するヒロインを現代女性の立場に置き替えて物語をわかりやすく解説するシリーズ
 【開講日】 5月8日(木)、6月5日(木)
 両日とも昼の部は13:30~15:30、夜の部は19:00~21:00(昼と夜は同じ内容です)

「知っておきたい! 日本の伝統芸能  歌舞伎ビギナー講座」
 座席による見え方の違いや、立ち位置による人間関係の把握など、さらに歌舞伎を楽しめるポイントを紹介
 【開講日】 5月16日(金)13:30~15:30

※「GINZA楽・学倶楽部」はホールや劇場での託児サービスを行っている、株式会社マザーズが運営するカルチャースクールです。歌舞伎座に向かって右手、松竹倶楽部ビルの4階という絶好のロケーション。文化、実用、母と子、女性支援など、伝統と先端が融合する日本の中心・銀座にふさわしい、多彩で魅力的な講座を開講しています。

◆『仲野マリ オフィシャルサイト』http://www.gamzatti.com
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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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