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かもめアカデミー
歌舞伎を身近に楽しむヒント エンタメ水先案内人
仲野マリ
第1回 ヒロインに注目すると、歌舞伎が面白くなる
 銀座の歌舞伎座が新開場して間もなく1年。歌舞伎には興味があるけれど、ちょっと敷居が高くて……という人もいるのではないでしょうか。そこで今回お送りするのは「歌舞伎を身近に楽しむヒント」。歌舞伎や演劇、バレエなど、年平均100本の舞台を観てインタビューや劇評を執筆しているフリーライターの仲野マリさんに、初心者のための歌舞伎のさまざまな楽しみ方を教えていただきます。


「女性」の気持ちに寄り添うことで見えるもの
 カルチャー講座「GINZA楽・学倶楽部」で「女性の視点で読み解く歌舞伎ビギナーズガイド」と題した講座の講師を務めている仲野さん。3月の講座で取り上げたのは『熊谷陣屋』でした。

 『熊谷陣屋』は『平家物語』を題材とした歌舞伎です。源平の合戦がクライマックスを迎えるころ、源氏の武将・熊谷次郎直実は17歳の若武者・平敦盛との一騎打ちで勝利しました。我が子と同じくらいの少年の首を泣く泣く掻き切るところは、『平家物語』でも有名な場面です。ところが歌舞伎の結末は違います。「その首は、実は直実の息子小次郎のもの。‘敦盛を助けよ’という義経の密命を受けた直実が、我が子を身代わりにした」というフィクションに仕立てているのです。

 これを主人公の直実を中心に考えれば、“忠義のために我が子を殺めた男の物語”ということになるのでしょう。しかし“脇”にいる女性たち――小次郎の母・相模と、敦盛の母・藤の方の生い立ちや境遇、心の動きを丹念に読み込んでいくと、登場人物の個性が際立ち、物語の違った面白さが見えてきます。

 特に相模は初めて戦場に出る子どもが心配でたまらず、今の埼玉県・熊谷市あたりから兵庫県・神戸市の直実の陣屋(戦場の宿営地)まで追いかけてきてしまったという設定。ちょっと度が過ぎたふうにデフォルメされていますが、こういうことは現代でもありそうな気がしませんか?

 お受験はおろか就職試験にまでついてくる親の話はニュースにもなっていますし、家族より仕事優先の夫、ライバルとなるママ友とのやりとりなど、現代に生きる女性と共通するところがたくさん。そうやって考えていくと、源平時代の話であっても藤の方や相模の言動に思わず共感してしまいます。源氏に仕えたり平氏に仕えたりする直実の人生も、よりよい人生を求めて転職するサラリーマンの必死さにつながり、千年前の物語がぐっと身近に感じられるようになってきます。

演じる俳優によって物語が違って見える
 殺されたのは敦盛ではなく、身代わりとなった直実の子・小次郎と知れ、喜びと悲しみが逆転する相模と藤の方。直実は、立派に使命を果たしたとはいえ実子までをも手にかけなければならない武士の世界に無常を感じ、出家を決意します。僧形となって出立する直実を二人の女性が見送るところで、舞台は幕を閉じます。

 私が舞台に登場する女性の立場で歌舞伎を観る面白さに気づいたのは、この幕切れを見たときでした。最後のシーンで、去っていく直実を相模がどのように見送るかは舞台の演出によって少しずつ異なり、出立する直実を心配そうにじっと見つめたり、かいがいしく笠や杖を渡す場合もあります。でも坂田藤十郎さんの相模は表情が違いました。口をまっすぐに結んで、ひとことも発せず、体も固くしたまま。そのお顔を見て『ああ、相模はわが子を殺した夫・直実を許してはいないのだ』と強く感じたのです。演じる人間の気持ちが伝わって、その役が生きてくる。藤十郎さんの相模を拝見して以来、歌舞伎に登場する女性たちに今まで以上に注目するようになりました。

わき役が浮かび上がるのが歌舞伎の面白さ

 歌舞伎では多くの場合主人公が男性(立ち役)で、女性(女方)が前面に立つことは少ないそうです。特定の場面で部分的に女が主役になることはあるのですが、ラストシーンで真ん中に立つのはほとんどが立ち役です。男が書き、男だけで演じられてきた歌舞伎の世界では、女性はやはり“脇”なのかもしれません。また、主人公の男が死んで女が生き残るというパターンも多く、それを見るたびに私は「残された女はこれからどうするのだろう」とリアルに考えてしまいます。

 私は女ですから、母親であったり妻であったり、女性のことを想像しやすいというところはあると思いますが、歌舞伎自体にサイドストーリーをふくらませるという要素があるんですよ。実はこの『熊谷陣屋』、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』という長いストーリーの中の一部分なんです。何百年という間、もっともよく上演されている場面が『熊谷陣屋』だということを見れば、合戦の場面より、子を失った母親の気持ちを描いたサイドストーリーのほうが人々を感動させるということがわかります。

 女性に限らず、物語の中で脇役の人、あまり日が当たっていないような人にも感情移入できるように書かれているのが、歌舞伎のいいところです。歌舞伎にはメインストーリーだけでなく、主人公を取り巻く人々の人生がしっかり描き込まれているんですね。だからこそ共感できる部分が多いということが、ヒロインに注目することで実感できました。

※次回は、芝居や映画など現代のエンターテインメントにも受け継がれている歌舞伎の技やノウハウについてお伝えします。


※仲野マリさんの「女性の視点で読み直す歌舞伎ビギナーズガイド」のご案内
 毎回テーマを決めていくつかの演目を題材に選び、ヒロインを現代女性の立場に置き替えながら物語をわかりやすく解説します。受講料や申し込み方法などの詳細は、「GINZA楽・学倶楽部」のホームページをご覧ください。
【開講日】 4月15日(火)、5月8日(木)、6月5日(木) いずれも昼の部は13:30~15:30、夜の部は19:00~21:00 
※昼と夜は同じ内容です
【会場】 GINZA楽・学倶楽部 
※「GINZA楽・学倶楽部」はホールや劇場での託児サービスを行っている、株式会社マザーズが運営するカルチャースクールです。歌舞伎座に向かって右手、松竹倶楽部ビルの4階という絶好のロケーション。文化、実用、母と子、女性支援など、伝統と先端が融合する日本の中心・銀座にふさわしい、多彩で魅力的な講座を開講しています。
ホームページ:http://ginza-rakugaku.com

※『仲野マリ オフィシャルサイト』
http://www.gamzatti.com
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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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