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かもめアカデミー
歌舞伎を身近に楽しむヒント エンタメ水先案内人
仲野マリ
第2回 現代のエンターテインメントに息づく歌舞伎
 江戸時代に始まり約400年の歴史を持つ歌舞伎は、古くからあった芸能やそれぞれの時代の流行を取り入れながら、演劇、舞踊、音楽の要素を融合した総合芸術として発展し、人々を魅了してきました。その基本となっているのは、「観る人を楽しませたい」というサービス精神だと仲野マリさんは言います。今回は、現代のエンターテインメントにも受け継がれている歌舞伎の魅力に迫ります。


歌舞伎は庶民の心を大切に発展してきた
 歌舞伎が花開いたのは江戸時代。士農工商という身分制度がはっきりとしていた時代です。庶民は手の届かない殿様やお姫様などのセレブな生活も覗いてみたいという欲求を持っていたことでしょう。でも一方で、感情移入できるのは、自分と似た境遇にある登場人物のはず。そんな人々の気持ちを察するように、歌舞伎には武家のお屋敷とその裏に住んでいる庶民がセットで出てくるようなストーリーがたくさんあります。それも無理やりに一緒にするのではなく、たとえば「武士が親の仇を探すために物乞いに身をやつし、最後には武士の立派な身なりに戻って見事に敵を討つ」というように、「身をやつす」理由に説得力があります。こうした工夫をすることで、歌舞伎は江戸庶民の心をつかむとともに、二重三重のサブストーリーをからめ、脇役たちの人生や、次の展開にわくわくドキドキする作品に発展していったのでしょう。

 また、明治に入ると「松羽目物(まつばめもの)」というジャンルが人気を集めます。能や狂言を、馴染みのない人々にも楽しめるようにわかりやすく歌舞伎にアレンジして演じたもので、現在とても人気がある「勧進帳(かんじんちょう)」も、「安宅(あたか)」という能をもとにしてつくられました。ほかにも「忠臣蔵」などは、文楽(人形浄瑠璃)の脚本をそのまま歌舞伎にしていますし、歌舞伎を知ることは、さまざまな日本の伝統芸能に触れ、興味を持つ入り口にもなるのですね。そうした奥深さも歌舞伎の魅力の一つだと思います。

現代の舞台やドラマにも使われている歌舞伎の手法
 私は歌舞伎を観るようになってから、現代演劇やテレビの時代劇、ドラマなどを見ていて、さまざまな場面に歌舞伎の手法が取り入れられていることに気づくようになりました。 たとえば2時間ドラマの最後に男と女が別れるシーン。立ち去っていく男を見つめていた女は、しばらくすると彼の背中に向かって呼びかける。すると、男が足を止めて振り向き、そこから最後の会話が始まる。これは歌舞伎の舞台の幕切れに、舞台で見送る者と、花道で振り返る者、という位置関係にそっくり。客席の中を通っている「花道」を、たとえば空港での別れのシーンでは、出発ゲートへ向かうエスカレーターを無意識のうちになぞらえているのです。

「GINZA楽・学倶楽部」での講義風景。
しみじみしたり笑ったり、和気あいあい
 あるいは、5人のヒーローが活躍する子ども向けの特撮ドラマでは、ヒーローが一人ずつ名乗ってポーズを決めますね。これは歌舞伎の『白浪五人男(しらなみごにんおとこ)』という出し物を彷彿とさせます。この歌舞伎には、「5人の盗賊が花道にずらりと並び、それぞれに名せりふを語って見得(みえ)を切る」という見せ場があるのです。 また、ヒーローが悪者と戦って負けそうになると最後にパワーアップして巨大化するというのも、『蜘蛛の拍子舞』で、最初は美女に化けていた女郎蜘蛛の精が、最後は巨大な大蜘蛛へと変身するのを思い出してしまいます。

 こうした歌舞伎の手法は、現代演劇やドラマを制作している人々の中にごく自然に受け継がれているように思います。おそらくそれが最も説得力のある形であり、観る人に奥行きや余韻を感じさせたり、強い印象を与える方法だからなのでしょう。歌舞伎の舞台で完成された技が現代風にアレンジされているのですね。 

年月に磨き抜かれた一流の技を堪能しよう
 歌舞伎の舞台は、すべてが一流であるということも魅力の一つです。俳優、衣装、音楽、舞台装置など、どの分野をとっても最高のクオリティー。歌舞伎界の人々は伝統を受け継ぎ、芸を追求しながら、一方ではエンターテインメントとして時代や流行を受け入れて人々を楽しませる工夫をし続けている。そうした努力の中で舞台のすべてが磨き抜かれてきたということなのでしょう。

 エンターテインメントといっても、「面白いことならなんでもよい」ということではありません。何百年もの間に培われてきた確かな技術の集積があって、その上で試行錯誤を重ねて作られた芸術です。もちろん、中には新しい手法を試したけれど失敗して忘れられてしまった作品もあるでしょうし、逆に新しい演出で後から人気を得たものあるでしょう。長い年月に揉まれ、受け継がれ、その結果残ってきたものには、それだけの理由と価値があるのです。少し敷居が高いとか難しそうだといって歌舞伎を敬遠してはもったいない。ぜひ劇場で「一流の舞台」を観て、感じて、味わってほしいと思います。

※次回のテーマは「観客の熱気が舞台をつくる」。演者と観客がコラボレーションする楽しさをお伝えします。


◆仲野マリさんの「女性の視点で読み直す歌舞伎ビギナーズガイド」のご案内
 毎回テーマを決めていくつかの演目を題材に選び、ヒロインを現代女性の立場に置き替えながら物語をわかりやすく解説します。受講料や申し込み方法などの詳細は、「GINZA楽・学倶楽部」のホームページをご覧ください。
【開講日】 4月15日(火)、5月8日(木)、6月5日(木)
  いずれも昼の部は13:30~15:30、夜の部は19:00~21:00 (昼と夜は同じ内容です)
【会場】 GINZA楽・学倶楽部 
 「GINZA楽・学倶楽部」はホールや劇場での託児サービスを行っている、株式会社マザーズが運営するカルチャースクールです。歌舞伎座に向かって右手、松竹倶楽部ビルの4階という絶好のロケーション。文化、実用、母と子、女性支援など、伝統と先端が融合する日本の中心・銀座にふさわしい、多彩で魅力的な講座を開講しています。ホームページ:http://ginza-rakugaku.com

◆『仲野マリ オフィシャルサイト』http://www.gamzatti.com
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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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