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かもめアカデミー
伝統の継承者 文楽太夫
豊竹咲寿大夫
第3回 五感で感じ、響き合う三業
 6月の若手会で、太夫1人、三味線1人だけで座る念願の“床(ゆか)”デビューを果たした豊竹咲寿大夫さん。ますます芸への意欲は高まるばかりです。今回は文楽を形づくる「三業(さんぎょう)」――。太夫、三味線、人形遣いがどのような役割をしているのか、そして文楽が“たぐいまれな舞台芸術”といわれるゆえんはどこにあるのか、小学6年生で文楽に魅せられ、この道を志した咲寿大夫さんに教えていただきます。

太夫と三味線は語り、人形は3人で連携

 太夫、三味線、人形遣いからなる文楽の「三業」。私が務めている太夫は、1人で老若男女あらゆる登場人物の台詞をさまざまな声を使い分けて語り、さらに、ト書きにあたる部分も語ります。ここが、ほかの芸能にはない特異なところ。全体が三味線音楽になっていて、言葉にも旋律がついているので、聴いていて心地よいのではないでしょうか。

 太夫の横にいる三味線は、決して伴奏をしているわけではありません。たとえば鐘の音だったり、女性が着物の裾を引きずる音だったり、慌てて駆け出す様子だったり……と、三味線も三味線で、物語を語っているのです。昔は文楽を「聴きに行く」といったそうですから、観るだけではなく聴くものでもあります。ぜひ、太夫や三味線の語りに、耳を傾けてみてください。

 一方、人形遣いは、1体の人形を、3人の人形遣いが動かします。これもまた、他に類がないものだといわれています。人形の首(かしら)と右手をメインに扱うのが“主(おも)遣い”、左手を扱うのが“左遣い”、足を動かすのが“足遣い”。つまり、人形の右手と左手を遣う人は違うので、両手を打つ動作だけでも難しいのです。人形は小学生くらいの大きさで、1体につき10~20?ほど。にもかかわらず、人形の動きはとても精巧で、女の人は妖艶で、侍は人間離れして勇壮です。人形同士で、物を投げてキャッチしたりもできるんですよ。

 また、舞台前方には“手摺(てすり)”という板があり、その手摺の上が人形にとっての地面になっています。人形遣いの足元は、手摺に隠れてお客さんからは見えませんが、主遣いは高い下駄を履いて人形を動かしているのです。下駄の高さは、役柄によって違うんですよ。手摺の下から必要に応じて、人形を操作していない人形遣いが人形の道具を出します。人形遣いの連携プレーは緻密で、ご覧になるととても楽しいと思います。

300年かけて磨かれた技芸
 第2回でもお話ししたとおり、太夫、三味線、人形遣いの三業はそれぞれが独立した存在です。太夫は人形のナレーションではありませんし、三味線もその伴奏ではありません。芸を極めるもの同士、誰に合わせるものでもないのです。しかし、結果的には合っていなくてはならない。そのためには経験を積み重ねていく必要があります。互いの芸がぶつかり合い、響き合いながら自然と一体になるのは、浄瑠璃自体が“合うようにできている”からともいえるでしょう。

(c)藤本礼奈
 元禄期を代表する劇作家の一人、近松門左衛門は歌舞伎の作品を書いたことでも知られていますが、なによりも人形浄瑠璃(文楽)のために多くの物語を書きました。文楽という芸能は、近松門左衛門なら近松門左衛門の言葉が、太夫と三味線、それぞれの呼吸に合うように作られ、300年以上かけて研磨されてきたもの。師事する師匠によって、芸の方向性は多少異なりますが、文楽にはそれ以前の土台がしっかりとあるので、自分が習得できてさえいれば、どんな方向性に進んでもきちんとした芸となり、三味線とも合うのです。私はまだ、その基礎を学んでいる最中。「理解した」とまでは言えないのですが、最近ようやく、こういう間(ま)、こういう呼吸でやると、三味線と合うんだなということを、肌で感じられるようになってきました。

 入門したてのころの自分を思い返してみると「こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない」と頭で考えようとし、肌で感じられなくなって、芸がギクシャクしたものになっていました。ある偉い人形遣いが、偉い太夫に「あんたがしっかりしてへんから、よう人形を遣われへんやんか」とおっしゃったというエピソードが残っています。やはり、三業全体を司るのは、太夫。太夫がきちんと語ってリードしないと、舞台は成立しません。私も心して修業していきたいと考えています。

 ※次回は、この夏に楽しめるさまざまな文楽の公演をご紹介。その楽しみ方についてお伝えします。

(構成・高橋彩子)

【文楽豆知識】
太夫
太夫の使命は感情をもたない人形に生命を吹き込むこと。登場人物すべての台詞・心理・動作などを1人で語り分け、物語を展開していく重要な役割も担っている。
三味線
文楽の三味線は太棹三味線と呼ばれている。さまざまな三味線の中でも太く低い響きを持ち、劇的効果をより高めている。音楽性はもとより、ドラマ性も追求され、浄瑠璃の感情を表現している。
人形
文楽では1体の人形を操るのに3人の遣い手が必要。分担する役割によって、主(おも)遣い、左遣い、足遣いと呼ばれ、3人のイキが1つになって初めて美しい演技が生まれる。

◆豊竹咲寿大夫さんブログ
http://ameblo.jp/sakiju/

※参考文献:『豊竹咲甫大夫と文楽へ行こう』(豊竹咲甫大夫著 旬報社)


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【とよたけ・さきじゅだゆう】
1989年大阪府生まれ。2002年豊竹咲大夫に入門、文楽協会研究生となる。2003年豊竹咲寿大夫と名のる。2005年7月国立文楽劇場で初舞台。
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