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美しいくらし
東京ぶらり老舗散歩 江戸文化研究家
安原眞琴
第1回 江戸の鬼門を守る寛永寺の節分①
 どこも似通った無機質なビルが林立する街になる以前、四季豊かな東京の暮らしには、風物詩となる年中行事があり、それぞれの街には、独特の匂いのようなものが流れていました。それは、人のぬくもりと歴史が醸し出す匂いであったのかもしれません。
 新連載「東京ぶらり老舗散歩」では、めざましい変貌を続ける都心部で、今も昔日の面影を残している街並みや伝統行事を訪ねて、その街と共に歩んできた歴史の匂いをたきしめている老舗の味を楽しむ散歩コースを、江戸文化・女性史研究家、映画監督としてマルチに活動する安原眞琴さんのご案内で紹介してゆきます。


鬼は~そと 福は~うち
 2月3日は、「明日から春です」という季節の変わり目。こんな節目の日は、邪気が入りやすいので、豆をまくようになりました。〈豆〉は〈魔滅〉に通じるので、豆をまくことで、魔を滅すことができると信じられてきたのです。スーパーで買った豆をまくのもよいですが、神社仏閣でゲットした豆を、家に持って帰ってまくのもオススメ。その方が霊験もあらたかそうですね。「東京ぶらり老舗散歩」第1回では、江戸・東京のおよそ400年の歴史と共に節分スポットをめぐり、散歩の後は根津の老舗を訪ねてみましょう。

はん亭(文京区根津)
 パンダのいる、あの上野公園が、節分の日に”豆まきだらけ”になる!
 それと言うのも、上野公園はその昔、お寺だったからです。
 どんなお寺があったのかと言えば、これまたビックリするかもしれませんが、公園全体が〈東叡山寛永寺〉という一つのお寺だったのです。
 創建は、江戸時代の初期。最初の将軍・徳川家康は、江戸を政治の中心地と定めて江戸城に入城したとき、江戸の町を風水的にも守護しようと、邪気が入ってくる〈鬼門〉の方角に、お寺を建てることにしました。
 お寺づくりに際しては、京都にある比叡山延暦寺をモデルにしました。延暦寺も、京都の鬼門にあって、町を守護するお寺だったからです。
 江戸は京都から見ると東の方角にあるので、東にある叡山という意味で〈東叡山〉と名付けられました。寛永寺の〈寛永〉とは、昭和や平成と同じような〈年号〉です。完成したのが、寛永時代(1624―44)だったことに由来します。

 ところで最近、〈恵方巻き〉に押され気味の〈豆まき〉ですが、節目の日に昔ながらの年中行事を行うと、何か生活にケジメがついて、心もあらたまる気がします。
 でも、豆まきに参加するには、どこに行けばいいの?
 テレビで見るような、有名な芸能人などが豆をまく大きなお寺や神社は、たいへん混雑しているようですが、「人ごみは苦手」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 そこで皆さまに、耳よりの〈穴場スポット〉をご紹介したいと思います。

最強のパワースポット
 安政3年(1856)の江戸図を開くと、上野広小路から上野公園に入る所(西郷像の階段の下)に「黒門」という門が見えます。それが東叡山寛永寺の山門でした。門を入ってちょっと行くと、今も残る「清水観音堂」があります。京都の清水寺のミニチュア版なので、小さな「清水の舞台」もあって、絶景が楽しめます。

 今の噴水のある辺りが山頂です。ここに「根本中堂」が建っていました。その向こうの東京国立博物館には、「本坊」と呼ばれる寛永寺の最高位のお坊さんの住まいがありました。
 でも、徳川幕府と共にあった寛永寺は、慶応4年(1868)には新政府軍と幕府軍の戦場になり、明治時代になって接収され、大半が東京都と国のものになりました。病院や大学にする計画もありましたが、長崎医学校の教師だったボードワン博士のおかげで公園になりました。
 そして、内国勧業博覧会が行われるなどして、今のような博物館や動物園などの文教施設が林立する、世界にも類のない都市公園に生まれ変わったのです。

寛永寺ゆかりの二人の大師を祀る両大師
 さて、第一の豆まきスポット「両大師」は、今も本坊(現東京国立博物館)の隣にあります。祀られている二人の大師は、慈恵(じえ)大師(良源)と慈眼(じげん)大師(天海)です。二人とも物凄いパワーの持ち主だったので、知られざるパワースポットでもあります。

 天海は、寛永寺を開いたお坊さんです。なんと108歳まで生きたそうです。パワーの持ち主は、寿命も桁外れですね。寛永寺を日本一のお寺にしたのも天海です。天海は、本坊のお坊さんに天皇の皇子をお迎えするようにしたのですが、皇子を戴くお寺は、寛永寺以外にはなかったのです。

 良源は、平安時代のお坊さんで、別名を〈角(つの)大師〉と言いました。良源はある日、鏡の中に、角を生やした鬼のような恐ろしい分身像を出現させました。そして、その姿を絵に描かせ、それを護符にして、戸口などに貼らせ、人々を疫病や災難から守護するようになったそうです。

 寛永寺では、豆まきの時、「福は内」だけで、「鬼は外」は言いません。それは角大師さまがいらっしゃるからだと言われています。(つづく)

【makoto office 安原眞琴公式サイト】
http://www.makotooffice.net/

【イラストと地図:鈴木 透(すずき・とおる)】
1965年福島県生まれ。「釣りキチ三平」などを制作する矢口プロダクションを経てフリー。

※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『東京おいしい老舗散歩』が2017年12月に発売されます(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


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【やすはら・まこと】
1967年東京都生まれ。文学博士。専門は日本の中世・近世の文学、美術、文化、女性史。吉原文化の最後の継承者を5年間取材したドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん―吉原最後の証言記録―」を2013年に発表。立教大学・法政大学・大正大学・東武カルチュアスクールなどで講師を務め、天台宗総合研究センター、日本時代劇研究所などの研究員でもある。NHKカルチャーラジオ「歴史再発見 芸者が支えた江戸の芸」を2016年に担当。著書に『「扇の草子」の研究――遊びの芸文』(ぺりかん社)、『超初心者のための落語入門』(主婦と生活社)、『東京の老舗を食べる』(亜紀書房)などがある。
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