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美しいくらし
「千年村」に学ぶ持続可能な暮らし 早稲田大学教授
中谷礼仁
第2回 住みやすさは生き抜くための知恵
 千年以上の長きにわたり自然災害や社会的な変化を乗りこえてきたのに、目立つことなく、ごくごく普通に人々が暮らしている「千年村」。そうした集落を見いだす「千年村プロジェクト」では現在、古文書に残る地名などに基づいて全国に2000カ所以上の「千年村候補地」をピックアップし、訪問調査を重ねています。

―― 実際に訪ねてみると、共通する特徴があるのでしょうか?

中谷礼仁教授の研究室は千葉大学の木下剛准教授の研究室とともに千年村プロジェクト研究拠点になっている
(写真:編集部)

 共通点というより、興味深いことに「これなら暮らしやすいだろうな」と思わせる“集落のカタチ”があるんです。海の近くや平地、中山間地や丘陵地など環境はさまざまですが、それぞれの地形に対応した「村づくりのデザイン」とでも言えましょうか。

 地形と土地の使われ方を見ると、海で魚をとり、低地では田を、丘陵地では畑を耕作し、山では木を切り出して炭を焼く、といった生産活動が続いてきたことがわかります。集落の道を通じて炭を売って米や野菜を買い、逆に野菜を売って炭を買うという経済的な循環も見えてきます。低地にある集落の場合、稲作は容易だけれど洪水も起きやすいというリスクがある。そのような場所ではほんの数十センチ高い「微高地」に家が建っていることもわかりました。

―― 今年(2019年)9月から10月にかけて相次いだ台風は、各地に大きな被害を出しました。川沿いや低地にある「千年村」の様子はどうだったのでしょう。

家屋は水田より数十センチ高い「微高地」に建っている

 今回の台風についての詳細な調査はこれからですが、2015年9月の関東・東北豪雨で鬼怒川が決壊し、大きな被害が出た際には、私たちが把握していた「千年村候補地」は一時的に浸水してもすぐに水が引いていたことがわかりました。洪水は、わずかな土地の高さの違いが被害の大きさや生死にかかわります。「千年村」を観察していると、古代から湾曲する暴れ川の洪水によって土が運ばれてできた小高い地盤である「微高地」の上に家が建っていることがわかる。自然の驚異的エネルギーをやり過ごし、生き抜くための知恵が集落づくりに生かされているんですね。このような知恵は、ダムや堤防といった近代技術が発達したとしても、なお必要なものでしょう。

―― そうした知恵によって生かされてきた自分たちの地域について、住民たちはどう捉えているのでしょうか。

 相当、古くから住んでいるのに、さほど意識しているわけでもなく、尋ねてみると「な~んか、住みやすいんだよね」と言う人たちが多いんです(笑)。
 彼らの家は庭も手入れがされて石垣もしっかりしている。つまり、庭を荒したら周囲に対して恥ずかしいから美しく保とうとする意識があり、地域にはそれを可能にする植木屋さんや大工さん、左官屋さんなどの職人がいて、日々の生産活動がきちんと残っていると感じます。だから特別な何かがあるわけではないけれど、「なんとなく暮らしやすい」という感覚なのでしょう。


古い脱穀機と新しい脱穀機を組み合わせて使っている

石垣の補修にコンクリートブロックを使うことにも躊躇はない

 今年の台風では、家屋の屋根が飛んでしまい、ブルーシートをかけたままさらに豪雨にさらされるなどして家が傷み、被害が拡大した例が多くみられます。集落ごとに屋根の補修ができる職人がいれば、もう少し速やかに対応できたと思います。

 振り返ってみれば、私が子どものころに父親が自分で屋根の補修をしていたように、皆、簡単な家の修理は自分たちでやっていましたよね。「千年村」が農村に多いのは、農具の補修や道具を使いやすくするためのカスタマイズ、塀や石垣の補修など、今でも自分たちでやらなければならないことが多いからなのかもしれません。実際に、ありあわせのもので何とかやりくりするなど、ものづくりのスキルが高い人が多い。それが、たくましく集落が存続している要因にもなっていると思います。

―― そう考えると、現代の都会暮らしは便利ですが、いざというときは不安です。なんだか情けなくなってきました。

 そもそも、「千年村候補地」の収集に用いている平安時代の古文書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に名前がある村は、古代律令制が確立して当時の朝廷が税を徴収できた地域です。耕作や生産に適した場所に優先して人を住まわせた。つまり、古代の農業技術や漁業技術でも、人々がそれほど苦労なく住み、生産活動を営むことができた場所です。人間の手で大変な技術改良を加えなくても、自然の地形が恩恵を与えてくれる地域には、おのずと千年前から人々が住んでいる。それが「千年村」なのです。

農産物の仕分けや出荷は共同作業

 私の研究室では最近、奈良時代から始まり平安時代に本格化した荘園開発があった場所も調べていました。「墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)」(743年)により新たに耕した土地をすべて自分たちのものにできることになったため、荘園の中には住むのがかなり困難な山奥まで分け入って開墾を進めていた地域もありました。土地の私有が絡むと、人間の欲望はすさまじいものです。そうした行為が土木技術を発達させ、やがて東京や大阪など、沼地で昔の技術では人が住むことができなかった場所が灌漑、整備され、大都市をつくることになるのです。

―― とはいえ、少子高齢化が進む中で都市部へ居住を誘導する動きもあります。また、住民の半数以上を65歳以上の高齢者が占める限界集落の増加も問題になっています。

 5年ほど前、プロジェクトメンバーの木下剛准教授が千葉県内にある「千年村候補地」の特徴を網羅的に調べたことがありました。少なくとも、それら候補地の中に限界集落はひとつもありませんでした。そう考えると、「千年村」は古くからある集落という定義にとどまらず、これから私たち皆が住むべき場所を指し示しているのかもしれませんね。(つづく)

―― 移住しようかなあ、「千年村」。でも、ちょっと待って。もしかしたら、あなたが住んでいる地域やふるさとも、そうした地域かもしれません。調べてみる価値、ありですよ。ではどうやって? 次回はそんな話を伺います。

(写真提供:千年村プロジェクト、構成:白田敦子)

【千年村プロジェクト】mille-vill.org
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【なかたに・のりひと】
1965年東京生まれ。早稲田大学創造理工学部建築学科教授。建築史、歴史工学。今和次郎が訪れた民家を再訪しその変容を記録する活動の主宰を経て、「千年村プロジェクト」を行う。ユーラシアプレートの境界上の居住文明調査でアジア、地中海、アフリカ各地を巡歴。日本建築学会著作賞、同作品選奨受賞。『動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する』(岩波書店)、『実況 近代建築史講義』(LIXIL出版)『今和次郎「日本の民家」再訪』(共著、平凡社)、共訳にG.クブラー『時のかたち 事物の歴史をめぐって』(鹿島出版会)など著書多数。
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