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気づけば幸せ「不便の益」 不便益システム研究所
川上浩司さん+平岡敏洋
第2回 使いにくさが魅力です

 「使いにくい」「不便すぎる」とツイッターを中心に人気が広まった“素数ものさし”。不便益システム研究所は面白グッズ開発を生業にしている組織だったのか? またまた新たな疑問がわいてきた。


――「不便益」という視点から、新たなシステムデザインの指針を探ろうと研究を続けている川上さんと平岡さん。数年にわたって「不便でよかったこと」の体験談を研究者仲間や学生から集め、そこから新しいデザインに生かせそうな知見を掘り起こそうとしている。わずか1時間の取材にも、移動時間を入れて半日以上を費やすことの多い私。でも車内で本を読んだり、新しい企画を考えたり……よく考えれば貴重な思索の時間。これもきっと不便益に違いない。

川上 不便益に関する議論を深めるために「手間をかけると、どういう形で人はうれしくなるのか?」を図式化して説明したうえで、「では、この製品にどんな手間をかけるとうれしいことが起きるのか?」を抽象化して図式に当てはめていくブレインストーミングを研究者仲間や学生とともに実践し、不便益の新たな活用法を提示する試みを続けています。

――そのなかで出てきた活用法の一つが「曲線電子レンジ」。最近の電子レンジには“ご飯1杯”“ミルク1杯”なんて親切なメニューが用意されているので、「温めるのに何分かかる?」なんていちいち考える必要がないけれど、どんな不便益がプラスされているのだろう。

川上 電子レンジに不便益を導入すると、メニューボタンなんて親切なものはなく、あるのは時間と温度を曲線で描くための窓とスタートボタンだけ。?お気に入りの仕上がりにたどり着くためには何度も試行錯誤を繰り返さなければならない、?なおかつそれを記憶しておいて毎回同じような曲線を描かなければならない、といった不便が生まれます。でもその一方で、工夫次第で自分好みの納得の仕上がりを導き出せる。単なる電子レンジに無限の可能性が見えてきませんか?

――現在位置や目的地までの経路から所要時間まで、何でも親切に教えてくるカーナビを使い出してから、道を覚えなくなったと感じている人も多いはず。そこで、はき古したジーンズが体になじんでいくように、手垢や書き込みでぎっしりの紙の地図のように、通過した道がかすれていって自分だけのカーナビを育てられる「かすれるナビ」なんてものも考え出した。

川上 ノラ猫を地域コミュニティのためのメディアとして用いる「猫メディア」や、「何となく渋滞予測システム」「空気の読めるスピーチ・シンセサイザー」といったものも考えました。いずれもアイデア出しの段階ですが、少なくとも「曲線電子レンジ」はぜひ誰かに作ってほしいと個人的には思っています。

――曲線電子レンジは休日の暇なときだったら楽しいのかもしれませんが、出勤前の忙しい時間に使って失敗したらイラッとしませんかね……。

平岡 手間がかかって面倒くさいけれど、面白いからついついハマってしまう、といったシステム設計をすることが求められると思います。「もっと不便に、もっと手間をかけてください」なんていうものは絶対に使ってもらえない。ゲーム的要素を上手に取り入れて、時間と手間をかけて喜びを得て成長していく――そんなシステムデザインを提示することが理想ではないでしょうか。

川上 作り手の枠組みの中で楽しむだけでなく、想定外の気づきを生かせるようなシステムデザインだとさらにいいですね。たとえば、母親が庭にお菓子を隠しておいて子どもにそれを見つけさせる遊びは、母親の枠組みによって作られたものです。でも、庭中を探し回るうちに母親も想定していなかった何かを発見できるかもしれない。そっちのほうが断然面白いですよね。だからこそ、私たちの周りにある無尽蔵な気づきを排除しないような、すべてを想定下に置けないような状況を生かす作り込みも必要ではないかと考えています。

――曲線電子レンジは外側の箱や仕組みを設定することはできても、それを実際に使用する人がどのような曲線を描くかまでは操作できない。それこそが「人の主観的な益」、すなわち不便益を生み出しているのだろう。ブレインストーミングの成果として2013年3月に商品化、京都大学の生協で発売された“素数ものさし”は、ネットを中心に噂が広まり不便益システム研究所の存在が一躍世間に広まった。

川上 京大で学生や市民を対象に開講している3日間のサマーデザインスクールでの成果です。いつもなら「いいアイデアが出てよかったね」で終わってしまうのですが、学生たちと話し合っているうちに僕が個人的に欲しくなって、いっそ自分で作ろうかと。だけど自分一人で作っても面白くないので、ちゃんとした商品にならないかなと考えて京大生協の担当者に相談しに行ったんです。そうしたら「私たちではこんなの思いつかない」と面白がってもらって、とんとん拍子に商品化が決まりました。

――素数とは「1と自分自身以外に約数がない数」のこと。 “素数ものさし”は、2、3、5、7、11、13 、17(?)の目盛りしかついていない18?の竹製定規。「素数以外の数をどうやって測ればいいのかを考えることで暗算に強くなる」という不便益があるそうだ。ちなみに価格は消費税込みで577円。もちろん素数です(笑)。

平岡 はじめはプラスチック製で200円ぐらいの商品を作ろうと思ったのですが、すでに京大オリジナル文房具の中にプラスチック製定規がありました。それだと差別化できないので、値段は上がってしまうかもしれないけれど竹製にすることに。販売価格も最初は500円玉1個でおつりが出る素数にしたいと思って499円を提案したのですが、残念ながら「それだと赤字です」と言われ……。結局、採算ラインぎりぎりの577円に落ち着きました。

――実はこの577という素数は、三平方の定理であるa2+b2=c2を成り立たせるピタゴラス数でもある。「あくまでも偶然」と平岡さんは言うけれど、そういうちょっとしたこだわりも人気に拍車をかけた。

平岡 素数ものさしを買ってくれた人が、ツイッターで「なにこれ?」と大爆笑するような感じで写真をアップしてつぶやいたのがバーッと広がって、あっと言う間に大人気に。発売当初は店頭に入荷すると即売り切れの状態だったんですよ。1本10円でもいいから当研究所にお金が入るようにしておけばよかったと、後から後悔しました(笑)。まあ、1度買ったら2度と買いませんから、今はちゃんと店頭で買えますよ。

川上 製造元もそんなに売れるとは思ってなかったらしくて、機械化なんて最初から考えてもいなかった。だから目盛は手作業で焼印。そうしたらあんなに売れてしまったけれど、月にたった1000本しか作れない。供給が間に合わず、金曜のみの限定販売にしたこともありました。ちなみに、原則として京大生協でしか購入できないため、「それも、もしかして不便益?」と言われることもありますが、違います。ただ単純に生協の決まりでインターネット販売などができないだけなんです(笑)。

――素数ものさしの知名度が上がるとともに、「不便益システム研究所って何?」と研究所自体にも注目が集まるようになった。

平岡 「京大にこんな研究所があるんだー!」と興味を示してくれた人も多いけれど、当研究所は不便益を研究する全国の研究者が集う情報交換の場。「ウェブ上にあるバーチャル組織なんですよ」と説明すると、逆に「その自由な発想が京大らしい」と言われたのはうれしかったですね。面白グッズ開発を生業にしている研究所だという勘違いを生んでしまったことを差し引いても、私たちが研究を続けている不便益の具体例として“素数ものさし”を紹介できるようになったことはうれしいことです。

――毎年開催されるサマーデザインスクールでは、ほかにもさまざまなアイデアが生み出されている。

川上 そのなかの一つが、いつ届くかわからない“ラグメール”です。メールって、届いたらすぐに返信しなくちゃいけない無言の圧力がある。だから忙しいし、送信ボタンを押せばアッと言う間に相手に届くから、手紙と違って「いつ届くのかな」というワクワク感が少ないと思いませんか? そこで、ラグメールでは送信ボタンに「地球マーク」「火星マーク」「海王星マーク」などがあって、「1週間のうちのいつか届きます」とか「1カ月のうちのいつか届きます」といった漠然とした到着期間がわかるだけ。「冥王星マーク」の場合はなんと10年後に届くんです(笑い)。

平岡 初対面の人からもらった名刺をスマートフォンで撮影し、相手の名前や住所をデータ化するという便利なアプリがあるけれど、データ化したことに満足してしまい、肝心の相手の顔を覚えていないなんてことはありませんか? 僕も、学会に行くと大量に名刺をもらうのですが、ろくに整理もしないので「前にも交換したと思うんですけど……」なんて指摘されて気まずい思いをしたことが多々あります。そこで、名刺をデータ化する際に簡単な似顔絵も一緒に作らないとデータ保存ボタンが出てこない――というアイデアもありました。名刺をもらってからひと手間をかけるようにしたら、相手のことが記憶にちゃんと残るのではないか、というわけです。

――あるある。たまりにたまった名刺を思い切って整理してみたら、同じ人の名刺が3、4枚出てきたことがあって、ちょっと愕然としたことがある。ところで、取材の後に早速購入した“素数ものさし”。定規の上側の辺には2、3、5、7、11、13 、17(?)の目盛りしかついていないことは冒頭に紹介しましたが、下側の辺にあるmmの目盛りも2、3、5、7、11、13、17、19……179(mm)と、すべて素数。さすがの徹底ぶりです。次回、最終回は川上さん、平岡さんの「不便益実践例」を教えてもらうとともに、不便益の未来について語ってもらいます。

(構成・編集部)


【不便益システム研究所のホームページアドレス】
http://fuben-eki.jp
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【かわかみ・ひろし】
1964年島根県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。京都大学学際融合教育研究推進センターデザイン学ユニット特定教授。著書に『不便から生まれるデザイン』(化学同人)。

【ひらおか・としひろ】
1970年福岡県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。博士(情報学)。京都大学大学院情報学研究科助教。デザイン学ユニット構成員。

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