子どものころから伝記を読み、歴史上の人物を“親友”のように思っていた白駒さん。何か困ったことがあると、心の中の“親友”に話しかけていたそうです。ただ、「歴史上の人物一人ひとりの生き方に共感し、感動はしても、教育、特に自虐史観と呼ばれる歴史教育の影響で、日本の歴史や文化には誇りを持てなかった」と話してくれました。そんな白駒さんの考えを大きく変えたのは、高校と大学の先生。第2回は、白駒さんの人生を変えた先生との出会いについてお話ししていただきます。たった一首の歌に1時間
写真提供: 白駒妃登美さん
高校、大学と一貫教育の学校だったから許されたのかもしれませんが、高校の古文の先生は、自分の好きな和歌が教科書に出てくると、そのたった一首の歌に1時間もかけて解説してくれました。文法や言葉の意味だけではなく、歌が生まれた背景やその時代のこと、そしてその歌人のその後の人生までも教えてくれたのです。私は授業で出会った『万葉集』の世界にぐんぐんと引かれていきました。そのとき、歴史を知っていると歌を奥深く味わえると感じ、歴史を学び直したいと思い始めたのです。
実は江戸の庶民は自由だった⁉ 歴史の面白さに気づいたもう一つのきっかけ、それは大学の歴史の授業でした。当時、私は時代劇をよく見ていて、それをフィクションとは捉えずに、あたかも歴史の一場面を見ているように錯覚していました。ドラマの中では、権力を持つ武士や経済力を握っている商人がわがまま勝手にふるまっていて、正直者のお百姓さんが苦しめられるのです。江戸時代はとても暗い時代だと、私は思い込んでいました。ですから、授業で「奢侈(しゃし)禁止令」という徳川幕府が庶民のぜいたくを禁止したおふれについて学んだときも、やはり江戸時代は自由がない時代だったのだと、マイナスのイメージがさらに強くなりました。
ところが、先生がこのとき意外なことをおっしゃったのです。「このおふれが1回ではなく、何度か出ているのは、どういうことなんだろうね。幕府の言うとおりに庶民が生活すれば、おふれは1回で済むはずだ。それが何回も出ているということは、江戸時代の庶民は、もしかしたら私たちが思う以上に生き生きと暮らしていたのかもしれないね」
奢侈禁止令では、衣食住のこまごまとしたところまで規制をしていました。たとえば、庶民の着物の素材は綿か麻の2種類、色は茶色、ねずみ色、お納戸色(濃紺や藍色のこと)の3色に限られていました。しかし「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」という言葉を、私はのちに知ることとなります。江戸時代の人々は、驚くほど多くの種類の茶色とねずみ色を作って着物を染め上げ、限られた範囲の中で工夫をしておしゃれを楽しんでいたのです。むしろ制限があったからこそ、その微妙な色の違いを見分けられる豊かな感性が身についたのでしょうね。
江戸時代は暗い時代と決めつけていたときは、奢侈禁止令という歴史的な事実を表面的に捉えただけで、四十八茶百鼠のことも見過ごしていました。それが、江戸時代の庶民は生き生きと暮らしていたのかもしれないというアンテナが立ったら、この四十八茶百鼠に気づいたのです。
暗記はあくまでもスタートライン
それまでの私は、歴史は暗記科目だと思っていました。でも、暗記はスタートラインにすぎなかったのです。いろいろな角度から史実を捉え、その時代はどのような世の中だったのか、先人たちが後世に生きる私たちにどんな思いを託したのだろうか、ということをひも解くことが、歴史を学ぶ本当の意味での醍醐味なのだと、気づかせていただきました。
さらに後世を生きている私たちは、歴史上の人物の人生全体を見ることができます。彼らの過去と未来を同時に見ることができるのです。どのような生き方をした人がどのような人生を歩むのかを、後世に生きる私たちだからこそ知ることができます。
歴史を学ぶことによって、今を生きる私たちの人生を、さらに充実したものにできるのです。
――次回(最終回)では、仕事を通して成長していくための心構えについて、お話ししていただきます。(構成:大谷涼美代、撮影:岩本薫子、編集:柏木真由子、北口博子)
*この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース17期生の修了制作として、受講生が取材、撮影、編集、校正などを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
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