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美しいくらし
いつか訪ねたい世界の美しい村 トラベル・ジャーナリスト
寺田直子
第2回 アイノア

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本(『増補版 フランスの美しい村を歩く』が好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


最寄駅(サン・ジャン・ド・リュズ駅)は、アイノア村の西の海外沿いにあります。
行き方:アイノア村(Ainhoa)へ行くには、パリ・モンパルナス駅(Paris-Montparnasse)からサン・ジャン・ド・リュズ駅(Saint-Jean-de-Luz)まで直行の高速列車TGVで5時間30分。駅から車で約20分。
 『星の旅人たち』という映画をご存知でしょうか。マーティン・シーン演じる老年の主人公が旅先で事故に会い亡くなった息子のため、その旅をみずから引き受けて完結するというもの。息子がたどっていたのがスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでを歩く巡礼の旅でした。総距離およそ800キロメートル。東京から広島までの距離に相当します。
 キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼の旅は1000年以上続く、信仰と祈りのための行為。今でも老若男女、さまざまな人たちが巡礼の旅を重ねています。巡礼の基点フランスからはパリを出発点とするルートを含め、4つの巡礼街道がありますが、歩くルートに約束ごとはありません。映画の主人公トムは、息子の遺品となるバックパックを担ぎ、フランスとスペインの国境近くにあるサン=ジャン=ピエ=ド=ポルから出発しています。ここからピレネー山脈を越えてサンティアゴ・デ・コンポステーラまで向かうルートはとても人気で、街道にはそれぞれの人生を背負った巡礼者の姿を多数、見かけます。

アイノアはバスク地方の村で「フランスの最も美しい村」のひとつ。赤い鎧戸のついた木骨組というロンバール(フランスバスク西部)の典型的な建物が立ち並ぶ
© Atout France/Emmanuel Valentin
 そして、サン=ジャン=ピエ=ド=ポルから北東に30キロメートルほど離れたバスク地方にある「フランスの最も美しい村」がアイノアです。

 アイノア自体も巡礼街道に位置し、13世紀から栄えてきました。フランス革命、ナポレオンによるスペイン侵略など激動の歴史を背景に持っていますが、今はおだやかで美しい景観の中、650人の村人が暮らしています。

 なだらかな丘陵地帯に包まれるように広がる村に入ると、まず目につくのが白い壁に赤い屋根と小窓のある家々。コロンバージュと呼ばれる建築スタイルで、赤い木造骨はかつて虫除けのため牛の血を塗ったもの。バスク地方ではこの赤か深緑、濃紺の3色のみを外観に使用することが決められているため景観が変わることなく保たれています。

赤い正面壁
© dlebigot
 見どころのひとつノートルダム教会は小さいながらすばらしい黄金の聖像がまつられた13世紀の史跡。内部に3階までのバルコニーがあり、これは収容人数を増やすための知恵とのこと。すみずみまで手入れをされた空間に村人の信仰心を見ることができます。
 歩いてもわずか1時間足らずで見てまわることができるほどの小さなアイノアですが、どこを切り取っても素朴な美しさをたたえ、カラリと清々しい空気、青空を舞う鳥の声、木漏れ日のきらめきなど村の旅情を五感で受け止める幸福感に時間はおだやかに過ぎていきます。不思議なことに最初は忙しく写真を撮っていたものの、村の散策をするにつれてシャッターの数は減っていきます。代わりに心のフィルター感度は高まり、鮮やかに広がるアイノアの魅力を旅の思い出へと焼きつけていこうと思い始めます。まさにデジタルからアナログへ、心のままのオーガニックな経験がより深く豊かな旅時間を紡ぎだします。

彫刻を施した窓辺
© PBVF

 アイオアのもうひとつの魅力が食です。バスク地方はいまや美食の場所としてグルメに注目されるエリア。私が訪れたのも実はこれが理由でした。
 オテル・イチュリアはミシュラン一つ星を獲得したオーベルジュ。アットホームなレストランではバスク伝統のレシピを洗練されたスタイルで味わうことができます。たとえばピペラードと呼ばれる玉ねぎ、パプリカ、ニンニクなどをエスプレットというバスク産チリソースで煮込んだ素朴な郷土料理もシェフのひと手間で味わい深い一皿に。ジビエ、キノコ類、野菜など季節ごとのバスクの食材を丁寧に活かした料理はこの地方ならではの滋味にあふれています。

村の教会
© Mairie d'Ainhoa
 聖なる場所をめざす巡礼路。ストイックに極めることもできますが、旅の途中で友と出会い、人生を語り、飲み、食べる。映画『星の旅人たち』の主人公トムがそうしたように、ときに寄り道をして立ち止まることも人生には必要かもしれません。まわりを見回しながらゆっくりと自分らしく歩いていくことの大切さ。
 美しい村をめぐる旅路は、そう教えてくれるようでもあります。

アイノア村遠景
© Mairie d'Ainhoa

フランスの観光情報はこちらから↓
フランス観光開発機構オフィシャルサイト
http://jp.rendezvousenfrance.com/
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【てらだ・なおこ】
トラベルジャーナリスト。東京生まれ。日本及びシドニーでの旅行会社勤務を経て、フリーランスライターとして独立。旅歴約40年。訪れた国は約100カ国。ホスピタリティビジネス、世界の極上ホテル&リゾートに精通。雑誌、週刊誌、ウェブ、新聞などに寄稿するほか、ラジオ出演や講演など多数。豊富な取材経験を活かし、インバウンドを含め日本の地方の活性化、観光立国化に尽力、関連セミナー、ワークショップ、講演などに登壇するほか、山口県観光審議委員(~2017)、青森県の観光アドバイザーを務める。2013年、第13回フランス・ルポルタージュ大賞インターネット部門受賞。JATA ツアーグランプリ審査員(~2018)。Yahoo!Japan ニュース・エキスパートとして「サスティナブル」「レスポンシブル・ツーリズム」を軸に最新の旅トレンドを発信中。著書に「ホテルブランド物語」(角川書店)、「ロンドン美食ガイド」(日経 BP 社 共著)、「イギリス庭園紀行」(日経 BP 企画社、共著)、「泣くために旅に出よう」(実業之日本社)、「フランスの美しい村を歩く」(東海教育研究所)など。「ホテルブランド物語」は韓国で翻訳出版され、ホテリエたちの教本的存在になる。現在、東京都・伊豆大島を拠点に執筆のかたわら古民家カフェ Hav Cafe を運営。
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