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美しいくらし
落語はトレビアン! フランス人落語パフォーマー
シリル・コピーニ(尻流複写二)
第7回 「饅頭怖い」に言語の壁なし
 本連載の第5回では「時うどん」という演目の話をしましたが、今回は「饅頭(まんじゅう)怖い」をご紹介します。フレンチのコースでいうなら、メインのウドンに続いてデザートの登場です(笑)。「寿限無」や「目黒のサンマ」などとともによく知られている古典落語の「饅頭怖い」。どんな話かと言いますと……。

 ある日、長屋住まいの若者が集まり、それぞれが嫌いなものや怖いものを発表しました。「カエル」「アリ」「クモ」などと、思い思いのものを言い合いますが、一人の男が「俺は怖いものない!」と言い張ります。それを聞いた連中は「本当に怖いものはないのか?」と男を問い詰めると、「実はある」。そしてなんと「饅頭が怖い」と。その男は饅頭の話をすればするほど気分が悪くなると言いながら、とうとう隣の部屋で寝込んでしまいました。若者たちはその男の態度が気に食わなかったので、男が嫌いな饅頭をたくさん買って来てはそれをお盆に山盛りにして、男が寝ている部屋へと運びました。目覚めた男は饅頭を見て、「怖い! 怖いよ~」と叫びますが、山積みの饅頭を食べてしまいました。それを見ていた若者たちは男に騙されたことに気づき、カンカンに怒って「お前が本当に怖いものは何だ!」と男を問いただす。すると答えは「今は濃いお茶が1杯怖い」……。

 饅頭を食べたことないフランス人には、最後の「お茶」のオチが分かりづらいのではないかと思われるかもしれませんが、その心配はいりません。ただ前置きとして、マクラや本題のどこかで「饅頭」が「gâteaux japonais」(ガトージャポネ=日本のケーキ)であるという情報を伝えておく必要があります。「ガトー」=「甘い」という意味なので、オチの「お茶1杯」は「カフェ・ビエン・セレー」(濃いブラックコーヒー1杯)に置き換えると大丈夫。だって甘〜いケーキには苦〜いエスプレッソがおいしいでしょ。子どもが参加する寄席ではコーヒーでなくココア。子どもが大好きな「アン・ショコラ・ショー」(ホットココア1杯)で笑いが取れます。
 落語を日本の文化を伝えるツールの一つとして考えると、日本の言葉をその国の言葉に訳すだけでもよいのですが、饅頭やお茶をその国や地域を代表するものに置き換えると、さらに面白くなります。例えばフランスでは饅頭を「マカロン」や「ミールフィーユ」に、アメリカでは「ハンバガー」にしてオチのお茶を「コーラ」に、ベルギーでは「フライドポテト」と「ビール」にといった具合です。

 今年の3月に英語落語の普及活動をしている英語落語協会の仲間と、トルコのイスタンブールで初めて口演をしたのですが、このときは饅頭を「ケバブ」に、オチのお茶をトルコ風ヨーグルトドリンクの「アイラン」に変えて披露しました。もちろん大ウケ。どんなバリエーションにも対応できる「饅頭怖い」は言語の壁を超えられる抜群の演目だと思います。

 お客様に落語のファンになっていただくには、観客の心を引き寄せるつかみが重要です。東京で大阪ならではのご当地ネタを使えば反応が薄いのは当たり前。ですから大阪なら御堂筋線の駅名「西中島南方」にするところを、東京では新橋駅前の「SL広場」にするとよいでしょう。これと同じように海外でも地元の人になじみのあるものに置き換えたら、つかみは大成功! のはずです。
 なんだかこの連載を書いていたら甘いもの食べたくなってきました(笑)。今回はこれにておしまい。最後は謎かけでお開きといたしましょう。

「フランスの食文化とかけて日本の大企業ととく。その心は?」
 
「どっちもケーキ(景気)がいい」
 
 それでは次回もお楽しみに。(つづく)

(写真提供:Cyril Coppini)

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【シリル・コピーニ】
1973年フランス・ニース生まれ。落語パフォーマー、翻訳家。フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1995 年から1996 年まで長野県松本市信州大学人文学部へ留学。1997年から2021年まで在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に勤務。2011 年から「フランス人落語パフォーマー」としての活動を開始、国内外問わず落語の実演、講演会、ワークショップを積極的に行う。テレビやラジオにも数多く出演。2013年からは漫画やビデオゲームなどの日本のサブカルチャーコンテンツの翻訳と海外への紹介にも取り組んでいる(『名探偵コナン 』『どうらく息子』など)。
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