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かもめアカデミー
「コルドバ歳時記」が伝える知恵 作家・東海大学名誉教授
太田尚樹
第1回 負を正に変えていく
 ゆったりとした暮らしの中で伝統の生活習慣を守っているスペインの地方人たち。国家の経済危機や高い若者の失業率が問題となっているスペインでなぜ、人びとは心を惑わされることなくマイペースの暮らしを続けているのでしょうか。スペイン地方人の「ものを持たずに豊かに生きる」人生観のルーツは、1000年前にアンダルシアで成立した暦の書「コルドバ歳時記」が伝えている暮らしの知恵の中に――。スペイン文明史を専門にする太田尚樹先生のお話を、4回にわたってお届けします。

 いまからおよそ1000年ほど前、イスラム王朝が成立していた当時のアンダルシアの古都コルドバで編纂された「コルドバ歳時記」(西暦961年成立)と、現代のスペイン地方人の暮らしについて話をさせていただくわけですが、はじめにまず、ヨーロッパ全体との関係からスペインについてお話ししましょう。

 ヨーロッパは北欧と南欧に大まかに分かれていますが、アルプスの南側を南欧と言っております。なかでも地中海に面した南欧は、太陽がさんさんと輝き、人々の生活風景ものんびりとしており、北ヨーロッパの暮らしぶりとはまったく違うわけです。とりわけ違いがあらわれるのは、生活リズムや人の表情ですね。人間の表情は、自然環境や気候風土と密接な関係があるといえますが、それだけではなく、制度や政治、宗教とどう向き合い、異文化をどう受け入れてきたかという受容の違いも、人間の表情に出てくるんだという風に私は考えています。

 スペインの暮らしの特徴は、鉄道で旅をするとよくわかります。近代的な生活をしている都市部をちょっと離れると、どこまで行ってもオリーブ畑のような土地があって、そこでは地平線まで一面がオリーブ畑だったりします。また日本などでは、沿岸へ差しかかると、列車はたいてい崖の下を走る感じになりますが、なにしろ地中海は潮の干満の差が30数cmしかないので、波打ち際を走るような感じです。車窓からは、漁師たちの姿が見られたりします。内陸部では、オリーブ畑やブドウ畑で働く農夫たちや、ヒツジを連れた牧夫たちの働く姿が見られ、伝統的に大地に根を張った農業国スペインの横顔を知ることができます。

ローマ橋からコルドバ市街を望む
 歴史学の立場では、南欧には厳密な意味での封建制度は成立しなかった、と指摘されています。また、北フランスやイギリス、ドイツのように、物事の解決にまず法を前面に押し出すのではなく、南欧では情緒的に解決していく傾向が強いようです。つまり「理」より「情」ですね。とりわけ、カトリシズムを国家理念の支柱とし、神への畏敬の念が人の心的領域にも深く根ざしてきたスペインは、「理」より「情」の特徴が強く出ています。

 生活の中でも家族の情といいますか、親子の絆がきわめて強いことが特徴になっています。どんなに離れたところに住んでいる親子でも、週末には電話をしたり、時間を作って顔を見に帰ります。日本人のようにケータイのメールでさっさとすまそう(笑)という感覚とは違っていて、私から見れば、人間的な温かみがあるなあと感じられます。

 現在、スペインの経済状態はぺちゃんこと言っていいほどで、特に労働者の失業率は20%台の後半で、20代の若者にいたっては60%台にも達しています。ただ、スペインの歴史の中では、経済が不況であるというのは慢性的状態です。深刻な経済状況下でも、人びとは「だからどうしたの」という表情をしているんですね。つまり、負を正に捉え直していく、したたかとも言える発想の転換が見事だなと思います。

フラメンコの情熱は、スペインの精神そのもの
 彼らの発想がしたたかな理由の一つには、先ほど言ったような政教一体型の国で、カトリシズムの締め付けが常にあるということが関係しているのかもしれません。
 たとえば、スペインの男たちは、教会では神妙にしていますが、一歩、教会の外へ出たとたんに、大声を出してはしゃぎ出し、通りで女性をからかうなど、ガラっと変わります(笑)。つまり、聖と俗とを、巧みに使い分けているという生き様を見せるわけです。

 慢性的経済不況というのは、権力構造への不信感につながるものですが、昔からスペイン人たちは、神の前にはひれ伏しますが、国家だとか制度に絶対的な忠誠や期待を寄せたりしていません。政治には無関心な態度でいる人もかなり多いです。つまり、これも現実主義といいますか、視点を享楽を優先する生き様に変えてしまうというのが、彼らの巧いところですね。


※次回は、余分なものを持たずに心豊かに生きる、スペイン地方人の暮らしを紹介します。


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【おおた・なおき】
1941年東京都生まれ。作家、東海大学名誉教授(スペイン文明史、比較文明論)。
著書に、『コルドバ歳時記への旅』(東海教育研究所)、『サフランの花香る大地ラ・マンチャ』、『アンダルシア パラドールの旅』(以上中公文庫)などのスペインに関する著書のほか、慶長使節に関する『ヨーロッパに消えたサムライたち』(ちくま文庫)、『支倉常長遣欧使節 もうひとつの遺産』(山川出版社)、昭和史をテーマにした『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』、『天皇と特攻隊』(以上講談社)、『伝説の日中文化サロン 上海・内山書店』(平凡社新書)など多数がある。
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