伝統芸能としての能にとらわれない活動を展開している能×現代音楽アーティストの青木涼子さん。650年という伝統の世界と現代を軽やかに行き来し、能と現代音楽とのコラボレーションなど新たな挑戦を続けています。人知れぬ苦労や困難も、彼女が語るとなぜかほほえましいエピソードのようにさえ思えるのが、なんとも不思議。最終回では、常に前向きな彼女の発想の秘訣や、これからの挑戦について聞いた。
2013年10月にテアトロ・レアル王立劇場(スペイン)で上演された、オペラ『メキシコの征服』の一場面。正面を向いているのが青木さん
――今年6月に『能×現代音楽 Noh×Contemporary Music』というCDをリリースした青木さん。このCDには、ヨーロッパの作曲家とコラボレーションした4つの新作を含む合計5作品が収録されている。
写真:前田光代、ヘアメイク:Chika Tadokoro
能と現代音楽を融合させて出来上がった新しい音楽をCDにすることは、私の目標の一つでした。よくここまで来たと思います。どんな音楽なのかを言葉で説明するのは難しい。まずはCDを聴いてもらいたいですね(笑)。
収録曲の中に《Harakiri》という曲があります。これは世界的な作曲家・指揮者のペーテル・エトヴェシュによって1973年に書かれた曲で、三島由紀夫の自決をモチーフに、アンデルセンの童話『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』を合わせ、当時のハンガリーの政治的状況を批判しているものです。これまで日本で演奏されたことがなく、2014年5月に私が初演しました。木こり役が木を割る音が入るのですが、ホールで本物の斧を振るうわけにはいかないので、コンサートでは拍子木を代用。でも、CDには実際に木がバリバリ割れる音が入っているので面白いですよ。田舎のホールに籠って録音したのですが、なかなか見ることのできないレコーディングの光景でした(笑)。
――能と現代音楽を融合させる青木さんの活躍は、世界から注目を浴びている。海外のプロダクションから声がかかることも多く、昨年は「オペラ界の風雲児」として知られたプロデューサーの故ジェラール・モルティエのキャスティングで、スペインの王立劇場で上演されたオペラ《メキシコの征服》に出演した。来年は、彼女自身のために書き下ろされたオペラも上演する予定。新たな挑戦は続く。
オペラ『メキシコの征服』の一場面
現代音楽とのコラボレーションは、「能を壊すことになるのでは」という人もいますが、私一人が何かをやったところで650年も続いている能の伝統はビクともしません。もちろん、伝統は伝統としてあるべきですが、私がやっているような活動を通して、能に全く興味がなかった人にもアプローチするというプラスの面もあるのでないでしょうか。
能楽の世界では、私は女性だし、能の家の出身でもない。マイナス要素ばかりです。それでも自分がやってきたことを一つも無駄にしたくないと思い、このマイナスをどうしたらプラスに転化できるのかを常に考えてきました。
マイナスは、違う社会や枠組みに入るといきなりプラスに替わることがあります。日本ではよくないと思われていることでも、外国ではすばらしいといわれるかもしれない。そのためには、ただその場所に身を置くだけではなく、頭を使うことが大切なのではないでしょうか。
もちろん既存の枠組みの中にいられるのなら、それでもいいでしょう。でも私はそれでは居心地が悪かったから、違う枠組みを探すしかなかった。いまもまだ、居場所が見つかったとは思っていません。これからも模索は続くとは思いますが、出会いと縁を大切にしながら、自分にしかできない舞台芸術を突き詰めていきたいと考えています。
写真:前田光代、ヘアメイク:Chika Tadokoro
私のやっていることが「能なのか」「能ではないのか」と区別したがる人もいます。でも、それはあまり意味がありません。私は、能を学んできた“新しい表現者”として、これまでにない舞台芸術を作り上げていきたいだけなのです。
――能の大成者・世阿弥が残した伝書『風姿花伝』に、「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」という一節がある。人知れず冷静に思慮を重ねて、世界を舞台に舞い続ける青木さんは、まさに長い伝統をもつ能が現代に咲かせた花。これからどんな色の変化を見せてくれるのか、活躍が楽しみだ。(構成・編集部、取材協力:ギャラリー册
http://www.satsu.jp/)
【青木涼子さんのホームページアドレス】
http://ryokoaoki.net/※アルバム好評発売中
『能×現代音楽 Noh×Contemporary Music』(ALM RECORDS)