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美しいくらし
廃墟から「未来」が見える 「J-heritage」代表・産業遺産コーディネーター
前畑洋平
第3回 マニアのディープな世界
 産業遺産コーディネーターの前畑洋平さんに聞く廃墟の魅力。3回目は、インタビューの最初からたびたび登場する「廃墟マニア」と呼ばれる人たちの話題から聞きます。一体、どういう人たちなの?

――前畑さん自身もかつて筋金入りの廃墟マニア。妻で、廃墟の魅力を伝える写真を撮っているカメラマンの前畑温子さんもマニア仲間だったそうです。まさに廃墟がとりもつ縁。マニアと呼ばれるほどの廃墟好きって、どんな人たちなのでしょう。

 僕は子どものころ、近所にあった廃工場に秘密基地をつくって遊んでいました。それがきっかけになって、小学生のころから廃墟をめぐるように。だから廃墟歴はかなり長いんですよ。
 いわゆる廃墟マニアは、情報発信のスタイルによって分けられます。まずは、インターネットの心霊サイトから廃墟にクローズアップしていった人たち。次は、夜の肝試しから昼間の廃墟詣でにシフトして、誰にも知られていなかったような廃墟をサイトで公開し始めた人たち。そして、一眼レフやデジカメを手に廃墟を訪れ、自分で撮った写真を廃墟サイトで公開し、多くの人に見てもらっていずれは写真集を出したいという夢を持っている人たち。最後は、僕のように「mixi」などのSNSを通じて一気に情報や関心が広がっていったマニアです。

神子畑選鉱場跡(兵庫県)。山の斜面を利用した大規模な設備で、大正から昭和にかけて規模・産出量ともに「東洋一」といわれた。1987年に閉鎖、2004年に建物が解体された


――確かにSNSで情報が伝わる速さは変わりました。マニアとして廃墟を楽しんでいた前畑さんが、保存や記録を手がけるNPOを設立したきっかけは?

 SNSで「早く行かないと壊されてしまうよ」という情報がかけめぐり、マニア同士のネットワークが広がりました。たとえばオリンピックのように大きなイベントがあると、その数年前から壊されるものが増えるしスピードも増す。解体して鉄を売ると解体費用がまかなえるので、マニアの間で有名な廃墟物件は相次いで壊されました。その危機感からさらに発信が多くなり、インターネット上で廃墟というカテゴリーが急速に広がり、マニア以外の人の目にも触れるようになっていきました。今から14、5年ほど前になるでしょうか。

神子畑選鉱場跡には今も巨大な機械が残る

 マニア仲間と廃墟めぐりをしていたある日、兵庫県朝来市にある神子畑(みこばた)選鉱場という鉱山跡の廃墟に行くことになりました。車を2〜3時間走らせてたどり着いたら、工場跡の建物が壊されていたんです。そのまま帰るのはもったいないからと、坑道跡が一般公開されている近くの「明延(あけのべ)鉱山」に行きました。そのとき、見学ガイドの人が「君らみたいな若い人がこういう日本の近代化遺産や産業遺産に興味を持ってくれるのはありがたいけれど、勝手に入る人もいるから壊さざるをえないこともあるんだよ」と諭してくれたんです。

 その言葉はとてもショックでした。廃墟は捨てられた場所だから誰にも迷惑をかけないだろうと入り、写真を撮って「こんなにすごいものが放置されているんだぞ、このままでいいのか?」とSNSで公開して世の中に疑問符を投げかける……。そんな使命感みたいに考えていたことが、実は自分だけ気持ちよくなっていたことだったと気づかされたのです。ましてや、それが原因で愛する廃墟が壊されることになるなんて。同じようなことは全国で起きているに違いないと思いました。

 マニアとして訪れていた廃墟の多くは、炭鉱や鉱山跡などの産業遺産で、現在も全国に数多く残されています。廃墟となった背景には閉山など所有者にとってはネガティブな事情があり、それは倒産した店をそのまま残しているようなもの。企業にとっては壊すにも金がかかるし、ましてや保持するのは大変な負の遺産なんです。でも、それを見たいと願う人たちは大勢いて、それが不法侵入などの危険な行為になっていることから壊されるしかない。そうしたアンバランスな状態をなんとかして、廃墟に行きたい人を合法的に連れて行ける仕組みをつくりたいと考え、2009年に立ち上げたのがNPO法人「J-heritage(ジェイ・ヘリテージ)」です。

明延鉱山跡(兵庫県)。戦国時代から金・銀・銅・鉛・錫などを産出してきた

明延鉱山跡を訪れた前畑洋平さん(前列右側)とマニア仲間たち


――遺産(ヘリテージ)を観光資源とするヘリテージツーリズムにも注目が集まっています。歴史的建造物の保存や活動に取り組むヘリテージマネージャーの資格も持っている前畑さん。なんと当初は建築士に限られていた上に2年に1度の受講機会しかない手ごわい資格を、足かけ6年かけて建築士以外でも受講できるように働きかけ、取得したそうです。そんなこよなく廃墟を愛する前畑さんのイチ押しは?

 今、関心があるのは栃木県の足尾銅山です。足尾には本山坑、小滝坑、通洞坑があり、本山精錬所は2009年に壊されましたが、通洞選鉱場はまだほぼ完全な状態で残っている。日本の近代化を支えた鉱山の役割をより多くの人に興味を持ってもらえると思います。地域の人たちが資料館を運営していましたが、担い手が高齢化したことで、今は所有者である古河機械金属株式会社が活動を引き継ぎ、鉱山の歴史を伝えています。巨大な産業遺産を抱えて続けてくれる企業の努力によって遺構が未来に残される例です。

足尾銅山跡(栃木県)。江戸幕府直轄の銅山として栄え、20世紀初頭には日本の銅産出量の4割近くを占める大銅山に成長した。1973年閉山。


――それでも足尾銅山というと、どうしても鉱毒による公害問題が記憶されていますし、炭鉱労働者の処遇といった負のイメージも伴います。

 確かにそのとおりです。鉱毒事件は災厄でしたが、その背景には先へ先へと進むことに夢中だった当時の空気があり、鉱山から受けてきた恩恵も大きいのだと思います。このような遺構は、なぜ公害問題が起きたのか、どうすればよかったのかなどの課題を、訪ねる者に今なお突き付けてきます。そうした歴史の検証の場であり、未来への道すじを考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。(つづく)

――廃墟には日本の近代化を支えた産業遺産としての顔があり、それが残るのか壊されるかにも、現在の私たちが大きくかかわっているんですね。ここまで話を聞いてきて廃墟の見方が変わったかも!? 最終回ではビギナー向けのおすすめツアーも教えてもらいます。

(写真:前畑温子、構成:白田敦子)

【産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」】https://www.j-heritage.org/
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【まえはた・ようへい】
1978年生京都府生まれ。兵庫県神戸市在住。産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」総理事として全国の産業遺産の見学ツアーや遺産を活用した地域活性プロジェクトの企画運営などを手がけている。兵庫県ヘリテージマネージャー(第14期)、兵庫県地域再生アドバイザー、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域活性化伝道師(内閣府)、湊川隧道保存友の会幹事などを務める。
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