× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
食べるしあわせ
受け継ぎ、伝える精進料理 三光院「竹之御所流精進料理」後継者
西井香春
第1回 フランス料理研究家から精進料理の後継者へ
 東京・武蔵野にたたずむ臨済宗の尼寺「三光院」。昭和9年(1934年)、京都の尼門跡寺院「曇華院(どんげいん)」から招かれた米田祖栄禅尼(そえいぜんに)により開山されました。「曇華院」とは天皇家の皇女や公家の息女が代々住職を務め、「竹之御所」とも呼ばれる由緒あるお寺。その曇華院に室町時代より伝わる「竹之御所流精進料理」を受け継ぎ、三代にわたって守り続けているのが三光院です。現在の後継者は、意外にもフランス料理研究家として活躍していた西井香春さん。そのいきさつをうかがいながら、宮中の雅と禅の心が一体となった尼寺料理の真髄に迫ります。

――作務衣姿にまとめ髪。明るい笑顔で、「暑い中、ご苦労さま!」と迎えてくれた香春さんは、思い描いていた尼僧のイメージとはかなり違っていました。いきなりですが、得度は受けられているのですか?

香春 住職から正式に“香春”の名前をいただいているので尼さんではありますが、住職の資格は持っていません。なぜって、私は座禅ができないの(笑)。小さいころから、父に「正座なんかしたら足の形が悪くなる」と言われて正座させてもらえなかった。だから外国人並みにヒザが硬いんです。
 住職が修業した平林寺(埼玉県)に足を運び、平林寺第23世・糸原圓應老師(いとはらえんのうろうし)との面談で自分の心境をお伝えしたとき、「座ることができません」と正直にお話したところ、「修行は座禅だけではありません。作務禅(掃除や料理など修行僧の労働)を知っていますか? あなたはそれでいい」とおっしゃっていただき、参禅修業をしない(資格を取らない)まま現在まできています。

――香春さんはもともとフランス料理の研究家。テレビや雑誌で活躍し、レシピ本も出版してフランス料理の教室も主宰するなど、充実した暮らしをされていた。それが20数年前から三光院に住み込み、精進料理の後継者に。どうしてなのでしょう?

香春 私は14歳で母を亡くして16歳のとき一人でフランスに渡り、当時、従妹(女優の岸恵子さん)の結婚相手だったイヴ・シャンピの家で暮らしていました。そこには毎日大勢のお客さまがあり、腕のいい料理人を抱えていて、そこでフランス料理を覚えたんです。でも、日本のことを何も知らずにきてしまったから、いつか日本文化をきちんと知る機会をつくりたいと思っていたの。日本とフランスを行ったり来たりしながら、日本文化を学ぶ場所を探していて、三光院にたどり着いたんです

 まず和食の原点である精進料理を学びたいと思いました。日本の長い歴史の中で、日本文化を大切に守ってきたのは皇室と神社、お寺でしょう。その2つに通じるのが尼門跡寺院の精進料理です。でも、京都の尼門跡寺院に一般の人が入ることは許されません。ところが、三光院は普通の尼寺でありながら、尼門跡寺院の流れをくんでいて、しかも御所流精進料理をお出ししているのはここしかないという素晴らしい場所だった。料理を通して日本文化にふれたいと思っていた私にはぴったりでした。

――それにしても、かなり思いきった生活の変化です。香春さんをそこまでひきつけた御所流精進料理の魅力とは?

香春 40歳のとき日本に根をおろし、六本木でフランス料理の教室をやりながら数年間は都心のマンションと三光院を往復していましたが、最後の生徒さんを送り出してこちらへ来ました。もちろん一生かけて精進料理を学ぶためです。季節の移り変わりを尊び、相手が気持ちよく味わう様子を想像して、「素材を生かしきる」。テクニックより大切な心を学ぶには、住職のおそばにいるしかないと思ったのです。

 ただ、直接的なきっかけは、ここに通って高いところを掃除していたとき、踏台から落ちて肩を痛めてしまったこと。住職が「私がお世話をしてあげるから、ここにお泊りなさい」と言ってくれたひとことが引き金になりました。人生はわからないものね(笑)。

――最初のころは、雑誌に頼まれてフレンチスタイルの精進料理をつくったこともあったとか。そのうちに、三光院の料理は完成されていて「何も手を加える必要がない」と実感されたと振り返ります。次回(第2回)は、80余年にわたって竹之御所流精進料理を守り続けてきた初代住職(祖栄さん)、現住職(香栄さん)の足跡についてお話いただきます。(つづく)

◆竹之御所流精進料理とは

 京都・嵯峨野にある竹之御所と称される尼門跡寺院「曇華院」で、代々門跡を務めた天皇家の皇女が食する尼寺料理として室町時代から受け継がれているもの。宮中の雅と禅の心が一体となった簡素で気品ある独自の精進料理であり、三光院には曇華院から初代住職に迎えられた祖栄禅尼がもたらした。その料理を広く海外に紹介した二代目の香栄禅尼、その後継者である香春さんへと、三代にわたって受け継がれている。

【三光院のホームページアドレス】
http://sankouin.com/

(構成:宮嶋尚美)
ページの先頭へもどる
【にしい・こうしゅん】
16歳で渡仏、フランス家庭料理と製菓を学ぶ。帰国後、六本木でフランス家庭料理教室やワイン会などを催す「ポ・ト・フー」を主宰。本名・西井郁の名前でテレビ、雑誌でも活躍する。NHK「今日の料理」にレギュラー出演し、フランス料理やハーブ料理の本も多数執筆。1993年、日本料理の原点を究めるため、東京・武蔵小金井の尼寺「三光院」の住職・香栄禅尼に師事。現在、竹之御所流精進料理を同院で提供するかたわら、NHK学園で精進料理教室の講師を務めるなど、継承・普及に情熱を傾けている。
新刊案内