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かもめアカデミー
ビートルズ~アートの視点から読み解く4人の奇跡 東海大学国際文化学部教授
石塚耕一
最終回 『レット・イット・ビー』

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『ビートルズのデザイン地図』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


 アルバム『レット・イット・ビー』は、ビートルズの原点に返ろうとする「ゲット・バック・セッション」の様子を収めた映画のサウンドトラックとして企画されました。当時のビートルズは、各自がソロ活動を始めたり音楽的な意見の相違などがあったりしたため、グループとしての集中力や創造力に欠けた演奏を続けていました。その結果、膨大な量の音源は残ったものの、それらをまとめるだけの求心力はすでになくなっていたのです。そんな状況をなんとかしようと、ジョンとポールはレコーディングを担当したグリン・ジョンズに音源を預け、ミックスしてアルバムにするように指示します。しかし、納得いくものにはいたらず放置され、アルバム『アビイ・ロード』のレコーディングがスタートしてしまいます。

(C)Koichi Ishizuka
 ビートルズは『アビイ・ロード』で大成功を納めたものの、グループはすでに解散状態にありました。ポールは義父のリー・イーストマンをビートルズのマネージャーにしようと提案したものの、他の3人がこれを拒否し、ジョン、ジョージ、リンゴはアラン・クラインと契約します。これはビジネス面での分裂を意味していました。同様にジョン、ジョージとアラン・クラインは『レット・イット・ビー』のプロデュースを「ウォール・オブ・ サウンド」で有名なフィル・スペクターにゆだね、映画の公開に合わせてリリースするように依頼します。アラン・クラインにしてみると、ビートルズのアルバムを作って商業的な成功を得たいと考えたわけです。ポールはそれを了承せざるを得ない立場にありました。

 フィル・スペクターは、『ロング・アンド・ワインディング・ロード』『アクロス・ザ・ユニバース』『アイ・ミー・マイン』にオーケストラをオーバーダビングするとともに、トータル性を持たせるために4人の会話を散りばめ、短い曲を挿入するなどしてアルバム『レット・イット・ビー』を完成させます。ジョン、ジョージ、リンゴはその卓越した能力に満足したものの、ポールらはオーバープロデュースであるとし、アルバム本来の趣旨が生かされていないと批判します。こうしてビートルズは後戻りできない状態に陥るのです。そんな悲しい現実から生まれたのがこのアルバムだったのです。

 これまでビートルズのアルバムジャケットは全員がそろって撮影するというのが基本でした。イラストがメインの『リボルバー』を例外として、『プリーズ・プリーズ・ミー』から『アビイ・ロード』まで一貫していました。しかし、『レット・イット・ビー』ではそのような機会をつくることができないまま、個々に撮影された写真を配置するという方法がとられました。ジャケットのために4人が集まれる状況ではなかったということです。

 そのような状況の中でジャケット・デザインを担当したのはジョン・コッシュでした。彼はアップル・レコードの設立にあたり、クリエイティヴ・ディレクターとして雇われました。ジョン&ヨーコの『未完成作品第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ』『ウェディング・アルバム』のジャケット・デザインを担当するとともに、『アビイ・ロード』のジャケットにもかかわっています。『レット・イット・ビー』以降はイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』などを手がけ、グラミー賞を受賞するなど時代を象徴するデザイナーに成長していきます。ジョン・コッシュはブックデザインの仕事をしていたこともあり、グラフィックデザインについての素養がありました。どちらかというとアーティストが担当したともいえる『リボルバー』『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)』などとは異なり、『レット・イット・ビー』はデザイナーが担当したジャケットであるといえます。つまり、計算されたデザインがそこにあるということです。

(C)Koichi Ishizuka
  『レット・イット・ビー』のジャケット・デザインは表裏ともにシンメトリーで構成されています。美術でいうところのシンメトリーは左右対称が一般的ですが、ここでは上下対称にもなっています。シンメトリーには静的な均整があり、そこに美しさが生まれます。ジョン・コッシュはレコード・ジャケットというスクエアな平面の中に、さらに4つのスクエアな写真をシンメトリーで組み込むことによって普遍的な美を求めようとしたのではないかと思われます。シンメトリーは自然界にはないもので、強さや緊張感を生み出すことができます。背景を黒にすることによってそれを強調し、4人を浮かび上がらせています。緻密なまでに計算されたデザインで、このジャケットが強く印象に残るのはそのためです。

 デザイナーとしてのもう一つの仕事は、イーサン・ラッセルが撮影した写真をどのようにトリミングするかということでした。どの写真を使うかはビートルズの許可が必要だったとしても、それをどのように配置するかはジョン・コッシュの仕事であったはずです。ポールの写真だけ背景に色があるとか、ジョンの顔が大きすぎるなどの課題に対して、写真に白い枠を加えることによってバランスをとっています。タイトル・フォントのデザインや白抜きにしたアイディアも見事です。難しかったのは4人の写真のトリミングだと思われますが、それはミリ単位で検討したと思われるほどバランス良く配置されています。ファースト・プレスのボックス・セットには『ザ・ビートルズ・ゲット・バック』という豪華写真集が付属されていて、その表紙にはトリミングされていないままの写真が使われています。それを見ていただくとジョン・コッシュの緻密な仕事を理解することができるでしょう。

 カメラマンのイーサン・ラッセルは、アップル・コアの代表であるニール・アスピノールにゲット・バック・セッションに連れて行ってもらったことがきっかけで撮影を担当しました。まだ若くて無名の写真家だったイーサンは、ビートルズを撮影する機会を得たことで、写真家として成功していくのです。このようにして、ビートルズを通して時代を担う写真家やデザイナーが誕生していきました。それもまた“ビートルズ・マジック”の一つだったのかも知れません。

参考文献
『THE BEATLES/ABBY ROAD』(ユニバーサル・ミュージック)
『THE BEATLES/LET IT BE…NAKED』(東芝EMI)
『THE BEATLES アンソロジー』(リットー・ミュージック)
『ビートルズ/レコーディング・セッション』(シンコー・ミュージック)
『ETHAN RUSSELL/AN AMERICAN STORY』(洋書)



『LET IT BE』
1970年5月8日に発売されたビートルズの12作目のオリジナル・アルバム(CD化にあたって『マジカル・ミステリー・ツアー』が9作目となったたため、現在は13作目)。前作に位置づけられる『アビイ・ロード』の制作前に行われた「ゲット・バック・セッション」が基になっているため、『アビイ・ロード』がラスト・アルバムと見られていたが、90年代に入ってからアビイ・ロード以降にも本作の制作活動が行われたことが判明している。イギリスでは3週連続1位を獲得。アメリカでは4週連続1位を獲得し、70年度年間ランキング31位。全世界では1000万枚以上のセールスを記録している。
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【いしづか・こういち】
1955年北海道生まれ。北海道教育大学卒業。北海道おといねっぷ美術工芸高校や北海道松前高校などで校長を務め、2013年より東海大学国際文化学部デザイン文化学科教授。アート、デザイン研究と同時に絵画や映像などの制作にも取り組み、北海道内を中心に数々の個展を開催。おといねっぷ高の生徒たちの成長を描いた著書『奇跡の学校 おといねっぷの森から』(光村図書・2010年)は、韓国でも翻訳版が出版されている。
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