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食べるしあわせ
旅の食卓から世界が見える 「旅の食堂ととら亭」店主 
久保栄治
第1回 料理は歴史を語る
 西武新宿線「野方駅」徒歩1分の場所に、46もの世界の国々を旅してきた夫婦が営む「旅の食堂ととら亭」がある。“旅の食堂”とは、夫婦が旅先で出会った各国の料理を再現するこの店のコンセプトからつけられた。2010年のオープン以降、再現したメニューは50以上。取材&研修の際には1~2週間程度、お店を休んで旅に出る。それも1年に平均3回も!! なんともうらやましい、ちょっと変わった小さなお店。そのこだわりと、旅の食卓から見えてきたことを4回にわたって紹介します。

――「旅の食堂ととら亭」を営む久保さん夫婦。元会社員の栄治さんが広報&フロア担当で、フランス料理人だった智子さんが調理を担当している。取材&研修旅行の成果はそのつど“旅のメニュー”として再現し、お店で提供。最近、紹介した旅のメニューは何ですか?

 今年4~6月の旅のメニューはジャマイカ料理特集でした。ジャマイカへ取材旅行に出かけたのは2014年1月下旬のことですが、料理を再現する作業には時間がかかるので、ようやく紹介することができました。ジャマイカは中央アメリカのカリブ海に浮かぶ島国。訪れたのは港町のモンテゴベイというところです。

――ジャマイカ料理特集のメニューは「ジャマイカ風エスコビッチ」「ジャークチキン」「ジャマイカ風オックステールシチュー」の3品。料理ごとに丁寧な解説が付いていて、それぞれがどんな背景を持って誕生した料理なのかを知ることができる。

ジャークチキン
 特集で紹介する国やエリアに興味を持ってもらえるように、私が自分で解説を書いています。ちなみにジャマイカで食べられている料理は、多様な国の食文化が混合したクレオール料理というもの。先住民族が絶滅した後に入植した移民たちの料理が現地の食材と融合し、今日のジャマイカ料理が誕生しています。カリブ諸島の国々はクレオール料理が多いのですが、その土地に移住した民族の構成の違いにより、近くの国であっても異なった料理が食べられているところが面白いですね。

――現在のジャマイカはイギリス連邦王国の一国。しかし大航海時代の1509年から150年もの間、スペイン領として統治されていた歴史があり、ジャマイカ料理にはその時代の影響が色濃く感じられるという。

ジャマイカ風エスコビッチ
 たとえば、今回紹介した「ジャマイカ風エスコビッチ(Escovitch)」という料理は、いわゆる南蛮漬け。スペイン料理の「エスカベッシュ(Escabeche)」がオリジナルだと思われます。これまでの経験から、料理名を分解すると料理のルーツや意味を知ることができるというのがわかっているので、EscabecheをEscaとbeche、Esとcabecheなどに分解して、それをスペイン語の意味に当てはめてみました。しかし、どうしても当てはまる単語が見つかりません。

――ここで諦めないのが久保さんだ。次に、「料理名の音だけが伝わったのであって、もともとは他の国の言語ではないだろうか?」と考えた。スペインの歴史をさかのぼり、スペインのあるイベリア半島は8世紀ごろイスラム教徒のムーア人に占領されていたことを突き止めた。

 それなら、この料理の起源はイスラム料理にあるのかもしれないと思いました。そこでアラビア語で似た言葉はないかと探しところ、「アルシュクバス(Al sikbaj)」という料理名を発見したのです! このアルシュクバスという料理は、ペルシャ料理の「シュクバ (sikba)」が起源。sikは酢、baは食べ物を意味していて、魚ではなく肉を酢と糖蜜で煮た料理でした。こうして、ジャマイカの南蛮漬けの起源がペルシャ料理にあることが判明したのです。


ジャマイカ風オックステールシチュー
――ジャマイカから大西洋を渡り、ヨーロッパのイベリア半島を越えて、アラビア半島の付け根のペルシャまで。たった一つの料理の起源を探って、まるで世界を旅してきたかのよう。ひと口にジャマイカ料理といっても、その国だけでは語ることができないバックグラウンドを持っている。


 旅のメニューとして新しい料理を紹介する際、お客さんにわかりやすいように「ジャマイカ料理特集」といった近代国家の枠組みで名前をつけるのですが、それが全く当てはまらないということが、このお店を続けるうちにわかってきました。料理のルーツを追いかけていくと、食はいとも簡単に国境やイデオロギー、宗教をこえていくのです。

――料理のルーツを探していたら、距離も時代も宗教もこえて遠く離れた国へ到達してしまった。ということは、その料理が伝えられてきた国々は共通の文化を持っているといえるのかもしれない。ジャマイカ料理特集だけでなく、これまで提供してきた数々の特集や定番メニューの中でも同様の体験をしたことがあるという久保さん。次回は、そのお話から。

(構成:山下あつこ、料理写真提供:「旅の食堂ととら亭」)


【「旅の食堂ととら亭」のホームページアドレス】
http://www.totora.jp/
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【旅の食堂ととら亭】
ととら亭の「ととら」とは、南米大陸のペルーとボリビアに広がるチチカカ湖畔に群生する葦の名前からつけられた。チチカカ湖に浮かぶ小さな浮島に住むウル族は、この葦を用いて浮島や家、ボートなどを作り上げる。500年以上も前から変わらない暮らしを続ける彼らの生活を足元から支えるのが、この葦だ。栄治さんは、「トトラとは、もしかしたら失われた言語であるウル語が語源なのかもしれません」と話す。なお、「旅の食堂ととら亭」はテーブル席12席とカウンター席4席。原則、毎週火曜定休。※詳細は上記ホームページを参照。
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