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食べるしあわせ
頭が良くなる食生活 東海大学農学部名誉教授
片野 學
第1回 自己ベストは2000回

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本(『頭が良くなる食生活』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


研究室でお昼づくりにいそしむ片野教授。片野教授の華麗なるお昼ごはんの話は、いずれ、また…
 皆さんは食事のとき、ひと口につき何回噛んだか数えたことがありますか? 現代日本人の食生活は欧米化に加え、インスタント食品やレトルト食品の台頭によって、軟らかいものしか食べていない人がほとんどです。そのため、多くの人がひと口につき10回も噛んでいないのではないでしょうか。

 私は東京の下町・日暮里の生まれですが、人間と自然が綾なす「農業・作物・農村」に興味を持って大学院に進み、ずっとイネの勉強をしてそれで博士号もいただきました(大学院修了後に職を得た岩手大学では縁あって果樹の研究を専門としましたが、イネの研究に戻るべく1984年に九州東海大学〔現・東海大学農学部〕に転勤して今に至ります)。しかし恥ずかしながら、食べ物が人間の心と体にどのような影響があるかを深く考えることもなく生きてきました。

 転機となったのは81年、32歳のときに玄米食を始めたことです。玄米を食べるにあたって、「とにかくよく噛んで食べてください」とアドバイスしてくれた人がいました。なんと、「ひと口200回は噛まなければいけない」と言われたのです。当時、私の昼食はおにぎり2個だったのですが、その人の言葉に従ってひと口につき200回噛んで食べると、丸々1個を食べ終わるまで30分かかります。2個食べると1時間です。すごいでしょう……。それまでは大学のカフェテリアで学生や同僚の先生方とおしゃべりをしながら昼食を食べていたのですが、玄米おにぎりを食べるようになってからは1人で黙々と噛むことに集中しなければならなかったのが少し寂しかったですね。

 ただ、そのおかげで新たな発見がありました。1時間も噛み続けていると唾液がドクドクと出てきます。唾液と食べ物が混じり合い、さらに噛んでいくとドロドロに、さらに進むと唾液のほうが多くなり、ほとんど液体状に変化するのが実感できます。ひたすら噛むことを楽しんでいくと味がどんどん変化していきます。よく噛むということは、口の中で調理をしていることだと気づいたのです。

 それ以来、私は噛むことが楽しくなりました。そして、その限界に挑戦してみたくなりました。挑戦にあたっては食べ物を口の中に入れて噛み続け、その形状が感じられなくなったら終了とし、そこまでが噛んだ回数になります。まずは玄米食でひと口200回、続いてカツサンドで350回、その次はクロワッサンで500回、と少しずつ記録を伸ばし、2001年5月6日深夜にチリメンジャコでひと口700回という自己ベストを樹立しました。しかし、上には上がいるものです。ある日、マクロビオティックの創始者である桜沢如一先生の著書を読んでいて、「日本の少女が玉ねぎでひと口1200回噛んだ」と書いてあるのを見つけてしまったのです。私は、自分の自己ベストである700回をこえた記録がこの世にあることを知って、愕然としました。「これはいかん」と思ったのです。そこで、この1200回という大記録を破ることができる食材との出会いを静かに待ちました。

 ようやくその食材と出会ったのは、2002年8月14日の深夜のことでした。自宅でちょっと一杯飲もうと酒の肴を探していた私の目に入ったのが、大きな花豆を油で揚げて塩をまぶしたフライビーンズでした。子どものころから身近にあった懐かしいお菓子です。しかもとても硬い。直観的に「これはいけるかも」と思いました。そこで早速正座をし、フライビーンズ1個を噛み始めました。開始時刻は8月14日の深夜0時58分です。フライビーンズは1000回噛んでも、口の中で形がはっきり残っていました。目標の1200回も楽々クリアし、1500回に到達。それでもまだまだ形は残っていました。時刻は午前1時11分。一気に2000回まで噛んだところでやめました。2000回の大記録を13分間で達成したのです。

片野教授の記録達成を手助け(?)したフライビーンズ
 これは1秒間に2.56回の速度で噛んだ計算になります。ちなみに、普通の人の平均スピードは1秒間に1回ぐらいではないでしょうか。この結果、現在の私の自己ベストはひと口2000回です。どなたか、この記録を抜く人はいませんか?


イラスト:花田美恵子 
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【かたの・まなぶ】
1948年東京都生まれ。東京大学農学部農業生物学科卒業後、イネの根に魅せられて大学院に進学。農学博士。食生活の実践と研究を通して、食と農の重要性を訴えている。
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