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美しいくらし
だから、イタリアが好き! フリーマガジン『イタリア好き』編集長
松本浩明
最終回 合言葉は「ボンジョルノ」
 南北に長いイタリアには20の州があり、フリーペーパー『イタリア好き』編集長の松本さんは「すでに3周はした」そうですが、最近は各地方で愛されるローカル食とはまた違う視点から、イタリアの魅力に迫ることも増えてきたのだとか。その一つが、大理石を採石する人々の暮らしぶりです。イタリア人の生活と切り離せない自然の恵み、大理石を切り出す山の男たちを通して見えてきた魅力とは? また、松本さんがおすすめする田舎暮らしの旅も紹介してもらいます。

大理石の街で出合った究極の保存食


カッラーラの大理石採石場(写真提供:松本浩明)

 イタリア中部のトスカーナ州にあるカッラーラは、世界最大の大理石の街です。カッラーラの大理石採石の始まりは古代までさかのぼり、古代ローマ時代の神殿やローマ帝国時代の記念碑、ルネサンス期のミケランジェロのダヴィデ像なども、この地の大理石を用いてつくられています。イタリアでは一般家庭でもキッチンの調理台や調理器具(まな板など)、テーブル、チェストなどに使われていて、大理石はとても身近な石だといえます。
 夏なのに雪をかぶったように白い大理石の山々を、鉄道や車の窓からこれまで何度も見ていた僕は、ふとその山のことを知りたくなり訪れることにしました。すると、そこは思った以上に興味深い場所でした。大理石から削り出された箱(コンカ)から、ここにしかない唯一無二の食材にたどりついたのです。

人気メニューのタリオリーニ・ネル・ファジョーリ(写真提供:松本浩明)

 世界各地の彫刻家や建築家、彫刻作品、建築物ともつながり、この街の経済を支える産業の一つである大理石。その大理石を港へ運ぶトラックの運転手たちが通う「オステリア・ラ・カピネーラ」は、典型的なカッラーラ料理を出す店として知られていました。そこで人気のメニューがタリオリーニ・ネル・ファジョーリ(豆と野菜の煮込みに“ラルド”を加えたスープパスタ)。ラルドとは豚の背脂のことで、昔からカッラーラでは自然の冷蔵庫コンカ(大理石の保冷効果を生かした箱)で豚の背脂を貯蔵してきたそうです。
 コンカで熟成させたラルド(ラルド・ディ・コロンナータ)には独特の旨みがあり、煮込み料理だけでなく、ピザなどにも広く使われるカッラーラだけの味。しかし、これが有名になり、今ではまがい物が出回るなどして、「IGP認証(産地や伝統に根づいた製品を保護する規格)をわざわざ取らなくてはいけなくなった」と、生産者のオーナーが教えてくれました。

 ラルド・ディ・コロンナータは、カッラーラの人々にとってはいわば地域の食文化を象徴する食べ物。僕が取材したお店ではIGP認証が付いた本物のラルドが出されており、「これが私のパッシオーネ(情熱)の源よ!」と語っていたオーナー。
 本誌には創刊以来続く「マンマのレシピ」という連載コーナーがあり、各地のマンマに登場してもらい、その土地に伝わる伝統的な料理を紹介してもらっています。たとえ料理名は同じでも、ラルド・ディ・コロンナータのように特色のある地元食材を使うことによって、ほかにはない立派なオリジナル料理になるのが、またイタリアのいいところ。日本でも地域や家庭によって、おせち料理やお雑煮の中身に違いが出るのと同じで、「うちはこの味」は万国共通なのかもしれません。

途中で起こるハプニングも楽しんで


写真提供:松本浩明

 さて、最後に皆さんに紹介したいのはアルベルゴ・ディフーゾです。アルベルゴ・ディフーゾとは、「地域そのものに泊まる分散型ホテル」を意味するイタリア発の地方活性化の手法一つ。旧市街の一角に光を当て、点在する空き家をホテルとして再生し、その地を訪れた旅行者が地域の生活や文化に触れながら「暮らすように泊まる」体験を提供しています。
 先日、僕が訪れたのは、修道院だったところを改修して最新鋭の設備を備えたホテルを中心としたアルベルゴ・ディフーゾ。城壁に囲まれた旧市街の外側には1万人弱が住む町があり、そこにはもちろんリストランテやバール、パン屋、魚屋など、生活するために必要なお店がすべてそろっています。さらに、宿のスペースでは地元ならではのダンスや郷土料理を習うこともできる。そんな場所で1~2週間、まさに暮らすようにゆっくり滞在してみるのもおすすめです。

 「そうは言っても、暮らすからにはイタリア語が必須じゃないの?」と思うかもしれませんが、イタリアに40~50回行っている僕も、簡単な日常会話ぐらいしかできません。いざとなったら、スマートフォンの翻訳ソフトを使えばいいんです。今では、イタリアの人々も会話をするためスマホを出してきます(笑)。
 後は先入観なしで、自分の足でいろいろ歩いて、ピンときたお店に入ってみてください。「イタリアは好きだけど、毎年行けるわけじゃない」という人ほど、お店選びに失敗したくなくて、“外さないお店”の情報を仕入れるのに一生懸命になりがちですが、「ここはおいしい」はあくまで他人の意見。情報に左右されて、おいしいか、まずいか、自分の舌で感じられなくなるほうが、僕は問題だと思います。ミラノでもベネチアでも、「ガイドブックに載っていたあの店」を目的に歩くより、自分で「この路地、何か気になるな」と思いながら、まずは嗅覚を頼りに歩いてみませんか?

 途中で起こるハプニングも楽しみながら、思わぬ味と出合い、人と出会うことこそが旅の醍醐味であり、自分が見つけたものはそれだけ価値も大きいと思うのです。それから、都会もいいけど、おすすめはやっぱり地方。歩きながらすれ違う人にこちらから笑顔であいさつすれば、彼らは絶対にあいさつを返してくれます。それだけでも「自分も旅のベテランになったな」と思えるはず。合言葉は「ボンジョルノ」です!(おわり)
 
――“自分好き”はイタリア人の専売特許ではないと話す松本さん。「僕が知るイタリア好きの日本人は、好奇心が旺盛で、誰とでもすぐに仲良くなれる魅力的な人が多い。それって、実は“自分好き”なんだと思います(笑)」。イタリア好きは自分好き――その言葉を噛みしめつつ、イタリアに旅に出かけてみたくなりました。合言葉はもちろん、「ボンジョルノ!」

(構成:宮嶋尚美)

2023年8月1日発行/vol.54

 フリーペーパー『『イタリア好き』は年4回(2月、5月、8月、11月)発行。レストランやカフェ、ショップなど全国に広がる配布店で入手可能(配布店一覧は下記ホームページを参照)。このほか、1年間2640円(送料&税込み)の定期購読会員になると、限定プレゼントや全国の『イタリア好き』配布店でさまざまな特典が受けられるサービスも利用できる。

★フリーペーパー『イタリア好き』の公式ホームページ
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【まつもと・ひろあき】
1965年神奈川県横浜市生まれ。広告会社、出版社勤務を経て、2006年に株式会社ピー・エス・エス・ジーを設立。2010年3月、フリーマガジン『イタリア好き』を創刊(年4回発行)。イタリアをテーマに、観光地を巡るのではなく、その土地に根ざした食を味わい、地元の人たちとふれあう旅を提案している。著書に『イタリア好きのイタリア』(イースト・プレス)がある。 
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