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子どものこれから
“遊び”が子どもを育てる 山梨大学大学院教育学研究科教授
中村和彦
第2回 3つの「間」を失って、弱くなった子ども

イラスト:高尾 斉
 子どもの運動能力低下の背景にある遊びの消失。そこには、子どもたちを取り巻く環境から、体を使った外遊びに必要な3つの「間」が消えているという原因があります。
 まずは「空間」。空き地の減少や子どもを狙った犯罪の多発により、子どもたちがのびのびと過ごせる場所が戸外から失われています。つぎに「時間」。日替わりの塾やお稽古ごとで大人以上の過密スケジュールで毎日を送っているため、遊びに割ける時間がありません。さらに、これらの要因から一緒に遊ぶ「仲間」の存在もなくなっています。ひと昔前の子どもの生活に当たり前のようにあった「放課後、近所の空き地で暗くなるまで熱中して遊ぶ」といった行為が自然発生的に起こるのは、不可能に近い状態だと言わざるをえません。そして、遊びといえばわずかな隙間時間にゲームにしがみついて終わってしまいます。
 けれど忘れてはならないのは、こうした子どもたちの変化は、決して子ども自身のせいで起きたわけではないということです。子どもの環境は、取り巻く大人がその決定権を担っています。

子どもの生活は、誰が変化させているのか
 私はよく、「大人が変わらないと子どもも変わらない」と言うのですが、子どものライフスタイルや行動は、周囲の大人たちの考え方や行動に大きく左右されます。子どもの育つ環境を作っているのは、何より大人たちです。その大人たちの精神的リテラシーが低いと、子どもにとって必要なものが失われていきます。
 日本人は、目先のことに敏感に反応して行動する傾向があります。それは、多くの新しい文化やビジネスを生み出してもきましたが、反面、非常に短絡的な面を持つことも否めません。たとえばネットショッピングにしても、ここまで頻繁に利用しているのは日本人くらいなものでしょう。体を動かさなくても何でも手に入る利便性の先には、日常歩行運動や最低限の対面コミュニケーションの機会を失うという負の要素もあります。けれど多くの日本人は、そこまで深く考えて物事の判断をしてはいないでしょう。
 こうした短絡性は、子育てにも見ることができます。学校の成績や進学、テストなど目先の結果には敏感に反応しますが、土台となる「自分の子をどんな大人に育てたいか」というビジョンを持っていない。たとえば「他人を大切にできる人になってほしい」とか、「誠実で思慮深い人間に育てたい」というような、子どもを育てる上で目指す人間像を持たない親が多いのではないかと思います。

「考えない大人」が「考えない子ども」を作る
 だから、成績という結果だけを出すために塾通いに直結してしまう。「勉強だけじゃ感性がなくなる」と言われれば、絵画教室や音楽スクールに飛びつく。そうして子どもたちの自由な時間はどんどん失われていったように思うのです。さらに、便利なモノやシステムを使うか使わないか選択し、子どもに与えるのは大人の役割です。自分たちが便利だから、楽しいからと、何も考えずに与えてしまうと、子どもにとって必要なものが簡単に消失していってしまいます。
 ネット、ケータイ、ゲーム、すべて「いいじゃん、面白ければ」「便利だからいいね」と大人と同じように使わせているけれど、それは見せかけの楽しさだったり、思考力を育てない便利さでしかないことを、本当なら大人が気づくべきでしょう。このような短絡性やビジョンの欠落は、子どもたちから遊びだけでなくさまざまな生活体験を奪い、体力や運動能力ばかりか思考力、判断力、情緒性など多くのものを学ぶ機会も失わせているのではないでしょうか。大人が形成する社会全体の構造が、子育ての骨組みそのものを脆弱にしている、そんな気がしてなりません。

(構成・株式会社トリア 小林麻子)

※次回のテーマは「競技主義に走りがちなスポーツ指導の現場」です
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【なかむら・かずひこ】
1960年山梨県生まれ。山梨大学教育学部卒業。筑波大学大学院体育研究科修了。一貫して子どもの体や心の問題について研究、特に子どもの遊びの重要性に関する調査・研究では第一人者。専門は発育発達学、運動発達学、健康教育学。著書に『子どものからだが危ない!』『運動神経がよくなる本』など。
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