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移住女子「ここで生きると決めました!」 移住女子
坂下可奈子
第1回 世界の紛争地域から日本の山里へ


 数年前まで全人口13人の限界集落だった新潟県十日町市の池谷集落。坂下可奈子さんがこの集落にほれ込み、移住してきたのは4年前のこと。以来、フリーペーパーの発行や「農ガール」向けの野良着開発など、女子ならではの感性で地域と農業の魅力を発信し続けています。

――越後湯沢で上越新幹線から「ほくほく線」に乗り換え、長い長いトンネルを抜けて十日町へ。そこから車で約30分。梅雨入りしたばかりのみずみずしい緑に包まれた林道を進んでいくと、坂下可奈子さんの笑顔が迎えてくれた。作業着の「つなぎ」がサマになっている。

 ちょうど、田植えが終わったところです。ここに移住してきたのは大学を卒業する間際の冬ですから、今年で4年目になりました。これまでの3年間は、「自分の足で自立できるまでは」と農機具や田んぼを無料で貸してくださる方がいて、つきっきりで農業のイロハを教えてもらった就農研修期間。それが終わり、今年からいよいよ独り立ちです。つい先日、田んぼも機械も「私がお金を出して借りています」と十日町市に書類を提出してきたんですよ。農業の指導も“獅子の子落とし”みたいに厳しくなった(笑)。「そうじゃないよ!」と叱られるし、まだまだ半人前です。

 今、田んぼは5反部半、畑は3反部ほど借りています(※1反部=300坪)。お米のほかにナスやサツマイモを作っていますが、倍くらいの面積がほしいところですね。山あいの池谷集落は積雪4mにもなる豪雪地帯ですが、春が駆け足で過ぎるとあっという間に暑くなる。それでも、午後になると山から棚田に冷んやりした風が降りてきます。その風が大好きです。

――「この軽トラも去年やっと買ったんです」と笑う坂下さん。聞けば、農作業に欠かせないからと移住してから自動車免許も取ったのだという。若さに似ず、なんとも落ち着いた風情の坂下さんを見ていると、「これが地に足が着いている」ってことかと、親でもおかしくない齢の私は、久しぶりに歩くあぜ道におぼつかない足元を見てしまう。それにしても、なぜこの集落に?

美しい棚田が広がる池谷集落
 大学では紛争解決や人道支援について学び、海外で働きたいとアフリカの紛争地域に何度か足を運びました。そのたびに感じたのは、支援活動は「水がないから、水を」「食べ物がないから、食料を」といったように対症療法的で、ひとことで言ってしまうと絆創膏のような機能しか果たさないことが少なくないということ。紛争や戦争といった問題は、「あいつが嫌いだ」とか「あの資源がほしい」など、人の感情や欲望など「こころ」から生まれていることにも気づかされました。

 世界の問題を考え続けることはもちろん重要です。でも、足元にある小さな地域、ひいては小さな単位の「こころ」が少しでも変われば、日本や世界が抱える大きな問題も、少しずつかもしれないけれど解消するのではないか。だんだんそう考えるようになりました。そのころ、国際支援活動をしている「JEN」というNGOのニュースレターで、中越地震で被害を受けた池谷集落の支援活動の一環で農作業ボランティアがあると知り、迷わず参加。それが池谷集落との出合いです。

愛車の軽トラとともに
――四国は香川県出身の坂下さん。大学入学のために東京に来るまでは、雪を見たこともなかったそう。「移住」に踏み切ったのは、どんな思いからなのだろう。

 ほぼ月に1度、少なくても2カ月に1度はイベントの手伝いなどで池谷通いを続けました。当時は6世帯13人、まさに限界集落。それでもなんとか集落を存続させようと、13人が一艘の船を一緒に漕いでいるかのような姿が印象的だったんです。豪雪地帯ですから総出で協力し合う、集落が丸ごとひと家族のよう。80歳になろうとする人たちが、集落の未来や夢を語る姿は若々しくてまぶしかった。しかも地に足が着いている。人に対しても物事に対してもまっすぐに向き合っている。こういう大人たちが多ければ、世の中、ヘンな方向に向かわないはずなのに、と思いました。東京にもすごい大人が大勢いましたが、池谷に来て初めて「こういう大人になりたい」と思える人たちに出会ったんです。

 それなのに、農業をベースにして紡いできた人格や生き方が、スピードや効率を優先する近代化の波に押され、限界集落の行きつく果てとして消滅してしまうかもしれないと考えたら、とんでもなく惜しいことだと痛感しました。私が感動したものや大切だと思ったもの、池谷に住んでいる人たちの人格や文化などは、すべて農業という土に向かうことで培われたものなのですから。それで1年ほど通った結果、大学4年生の秋に「ここに住んで一緒に頑張ってみよう」と決めました。小さな広告代理店に就職が内定していて、両親からも反対されましたが、そもそも香川を離れて東京の大学に進学したのも親の反対を押し切ってのことでしたし。母は「何を言ってもきかない」と嘆いていましたね(笑)。

田植え作業が終わった足跡の窪みにオタマジャクシが泳ぐ坂下さんの田んぼ。


――世界の紛争地域や貧困地域でお腹ばかり膨らんでいる子どもたちを見ると、手を差し伸べたくなる。美しい日本の棚田が後継者不足で維持できないと聞くと、とても残念に思う。でも、たいていは心の中で悲しむだけか、せいぜい募金をするぐらいが関の山だろう。思いをどんどん行動に移すところに、坂下さんのすごみがある。池谷でも「移住女子初!」として農業や地域の魅力を発信し、行動力を発揮している。次回は、そのお話を。

(構成・白田敦子/写真・編集部)









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【さかした・かなこ】
1987年香川県生まれ。立教大学在学中に新潟県十日町市での農業体験に参加したことがきっかけとなり、2011年池谷集落に移住。移住女子発信フリーペーパー『ChuClu(ちゅくる)』編集長を務め、農業と地域づくりに取り組んでいる。
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