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子どものこれから
「なぜ?」から未来が広がる 東京大学Kavli IPMU機構長
村山 斉
第1回 数学は人生の役に立つ!
 科学書としては異例のベストセラーとなった『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎)。著者は、日本を代表する物理学者の村山斉さんです。「日本の子どもたちの理数系離れ」が叫ばれて久しい今日このごろ、解決するためのヒントをもらえるかも……。そんな期待を込めて、千葉県にある東京大学柏の葉キャンパスに村山さんを訪ねた。

――理数系はからきしオンチの私にも、難しい宇宙の話をこんなに楽しく読ませてくれる村山斉さんは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の初代機構長・特任教授。まずは、長らく指摘されている日本の子どもたちの理数系離れについて、どう思われるのかから聞いてみた。

 子どもたちの興味が理数系から離れていきつつあるとしたら、やはり寂しいことですね。
 ただ、ひとことで“興味”といっても、人によって「面白い」と思えるポイントは異なります。科学や物理に興味を持つきっかけは千差万別で、その入り口は子どもによって全く違います。教える際に「面白い」と思って食いついてくれるような“エサのついたフック”を、なるべくたくさん用意できるといいのではないでしょうか。
 数学が面白いという人――たとえば先生の立場となる人は、往々にして数学自体の持つ体系的な美しさに心を奪われ、人に教えるときも純粋にそこを強調したくなる場合が多い。でも実は、そこを面白がれる人はそう多くはありません。だからもっと違う切り口からのアプローチが大事だと思います。

 中学・高校で理科や数学がつまらなくなってしまう一つの要因に、「これが何の役に立つのだろう」という疑念が強くなることがあるのではないでしょうか。微分や積分を習っているとき、「なぜこんな役に立ちそうもないことを苦労してやるんだろう」と思ってしまう。すると、授業そのものの魅力がなくなってしまいます。
 でも、そこで「これは、実は株価の予測に使うんだよ」と教えてあげると、捉え方がガラッと変わりますよね。

――うん、うん、わかる! そんなことにあの微積分が使われるなんて、子どものころは想像もできなかった。もっと早く知っていれば一生懸命勉強したのに……。

Kavli IPMUの建物
 アメリカでヘッジファンドを起業したジェームズ・サイモンズはもともと数学者で、数学の素養を使って市場のわずかな動きからどう利益を生み出すかのアルゴリズムを考え、大富豪となりました。今では数千億円の資産があります。こんな話をしながら教えてあげると、夢が膨らむと思いませんか?

 数学は、ともすると机上の空論のように思われがちですが、こういう例を知れば決してそんなことはないのだと実感できます。さらに言うなら、数学のゲーム理論を使ってアメリカ合衆国連邦政府がオークションで莫大な収益を上げたとか、人工衛星は二次曲線の楕円を利用して打ち上げているとか、数学から生まれるドラマはたくさんあります。
 目の前の演習問題を解くのは子どもにとってゆううつなことかもしれませんが、こういう事実を知っているだけで、その気持ちにも変化が出るのではないでしょうか。

――なるほど! 数学の存在がどんどん身近になってくる。村山教授の専門は、素粒子論と宇宙論。どちらも数式から遠ざかって久しい私にとっては雲をつかむようで難しそうだけれど、そもそも村山教授はどんなきっかけから物理学に目覚めたのですか?

 僕が通っていた国際基督教大学高等学校で物理を担当されていた滝川洋二先生(現・東海大学教育研究所教授)との出会いは印象的でしたね。先生の授業はとても型破りで、「考えるだけではなく、実際にやってみる」「答えを教えない」など、ダイナミックな方針がありました。

 授業はいつも教室ではなく実験室。最初の授業で氷砂糖を渡され、「これをできるだけ小さくしてみなさい」と言われたのは今でもよく覚えています。皆、カッターで切ったりすりこぎですりつぶしたりといろいろ頑張るわけですが、虫眼鏡で見るとどうしても粒が残っている。そのまま授業は終わり、最後まで何のためにそれをしたのか、先生からは教えてもらえませんでした。でも、答えがないからすごく心に残る。「先生は何を言いたかったのだろう」「これはいったい何を意味しているのだろう」と、ずっと考え続けてしまう。そういう授業でした。

 数年前、滝川先生に久しぶりにお会いしたときのこと。「先生、あれはもしや原子がどれだけ小さいかを伝えたかったのでしょうか?」と聞いたら、「そうなんだよ、よくわかったね」と。何十年かぶりに問題の答え合わせができました(笑)。
 そんな授業でしたから、テスト勉強には役に立たず、最初に受けた校外模試の物理は40点だったのを覚えています。けれど先生はその場で解決する答えではなくて、自分で答えを求めていくための種をまいてくださった。本当に楽しく好奇心を刺激された授業でした。

――滝川先生は、今も子どもたちに科学の面白さを教える活動をしている。サイエンスショーではシャボン玉や新聞紙といった身近な材料を使って、目に見えない空気の重さを体感する実験などを披露。多くの子どもたちが参加し、夢中で実験に参加する様子が印象的だ。そんな授業から「答えを知りたい」という気持ちをかき立てられたことが、村山教授にとっても物理学へと導いてくれる“エサのついたフック”になったのかもしれない。

 数学や物理学の世界には、さまざまな競争や歴史上の難問といわれるものを誰が解いたのかなど、たくさんの人間味あるドラマがあり、それも物理学に興味を持つきっかけの一つになりました。
 たとえば、「群論」という重要な数学的概念となる理論を10代で発見したフランスの数学者エヴァリスト・ガロアは、色恋沙汰で決闘騒ぎを起こし、わずか20歳で撃たれて亡くなっています。当時はその理論が斬新すぎて誰にも相手にされず、死後ようやく認められて偉大な数学者といわれるようになるのですが、「あのガロアの死因が、実は恋愛のもつれによる決闘」というのは、とても面白い逸話でしょう。

 あるいは、古代ギリシャの数学者アルキメデスがアイデアを思いついたときのエピソード。王様から黄金の王冠に混ぜ物がないか調べるよう命じられたアルキメデスは、浴場で湯船にザブンと浸かったとき、浴槽からあふれる湯を見て体積を測る方法を思いつくのです。その瞬間、アルキメデスは「わかった!」と裸のままで自宅に帰ったといいますが、答えを見つけた喜び、躍動がよく伝わってくるエピソードで、とても興味を引かれたのを覚えています。

Kavli IPMUの玄関ホールや交流スペースなどには、至るところに黒板がずらりと並んでいる。ホワイトボードもあるが、圧倒的にあの懐かしい黒板が主流。色とりどりのチョークも箱ごと置かれている

――興味のきっかけが数式や理論でなく、いわばサイドストーリーだというのはとても意外で面白い! そんな村山少年は、どんな子ども時代を過ごしたの? 次回はその話を中心にうかがいます。

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【むらやま・ひとし】
1964年東京都生まれ。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)機構長、特任教授。カリフォルニア大学バークレー校物理学科教授。91年東京大学大学院理学系研究科物理学専博士課程修了。理学博士。専門は素粒子論・宇宙論。素粒子理論におけるリーダーとして日本を代表する物理学者の一人。ベストセラーとなった『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎)をはじめ、多数の著作で宇宙理論の最前線をわかりやすく解説している。
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