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かもめアカデミー
地方の芝居小屋を巡る エンタメ水先案内人
仲野マリ
第1回 プロの歌舞伎役者を魅了した昔ながらの芝居小屋㊦【岐阜県 相生座美濃歌舞伎博物館】

原点回帰のレジェンドを生んだ本格芝居小屋


 相生座美濃歌舞伎博物館は、岐阜県JR瑞浪駅から車で20〜30分の日吉町、標高500mの山中にあります。バスの便も悪く、タクシーに乗ると片道で約4000円もかかってしまいます。曲がりくねった鬼岩木曽川街道をどこまでも上がっていく、そんな場所が、現在の歌舞伎隆盛に大きな役割を果たしていました。

 「私の地元に面白い地芝居があるから、一度見に来ませんか?」
 そう誘われて、歌舞伎俳優の三代目市川猿之助(当時。現・猿翁)が日吉を訪れたのは、昭和50年ごろ。ゴルフ場の一画のガレージ付近にテントを張って演じられた地芝居を観て、彼はいたく感激したといいます。
 「同じ演目でも、大歌舞伎よりこっちのほうが面白い!」
 プロの歌舞伎では洗練され削ぎ落されてしまった小ネタが残り、観客と一体になって楽しめる地芝居に、猿之助は歌舞伎の本来の魅力を見たのでした。

 当時はテレビなど新たな娯楽に押され、地方の芝居小屋は次々と閉場。大劇場でも歌舞伎からの客離れが甚だしく、歌舞伎座でも歌謡ショーなど歌舞伎以外の公演が催され、そちらのほうがお客の入りがよいという状況でした。
 そんな空気を一変させたのが猿之助です。本水(ほんみず=本物の水を使う)や宙乗り(ワイヤーアクション)、早替わりなど、エンターテインメント性を強く押し出した演出を次々と繰り出し、新たなファンも生み出していきます。でもこれらは新しく考えられたものではありません。江戸時代も「ケレン」と呼ばれ、人気の演出法だったのです。

 彼を地芝居に誘ったのは小栗克介。小栗は地元の日吉でゴルフ場を経営する傍ら、昔から村芝居に使われてきた4000点にものぼる衣装や小道具の保存を一手に引き受け、古老に相談しながら従業員を巻き込んで芝居作りをしていました。やがて県内の芝居小屋「相生座」(下呂市、明治28年創建)と「常盤座」(明智町、現・恵那市)の閉場を聞きつけ、2つを譲り受けて相生座の客席部分と常盤座の舞台機構を合体し、日吉に移築することを決めます。

相生座2階下手側から舞台を望む

2階に展示されている舞台衣装


 昭和51年に移築が完了した相生座で、猿之助は江戸歌舞伎の原点とも言える「ろうそく芝居」の復活を果たしました。和ろうそくだけを照明に使って、本当に芝居ができるのかの実証実験です。ろうそくの光の下では金糸銀糸の衣裳や赤く塗った顔がよく映えました。そして水槽に水を溜め、本水(ほんみず=本物の水)の中で「鯉つかみ」、鯉と人間の大格闘が繰り広げられると、跳ね上がる水しぶきをろうそくの火がいよいよ輝かせ、観客は大興奮! 
 「芝居はお祭りのようなもの。みんなと一緒に楽しむもので、お客さんと舞台の上が一緒に盛り上がる。それが、地芝居には残っている」

 この公演のため、猿之助は岐阜の地芝居を支えてきた振付師で岐阜県重要無形文化財の松本団升に教えを乞いました。「プロの役者に言える立場ではない」と謙遜しつつ、団升は自分の知識や経験を惜しみなく伝え、岐阜に残る様々な型、大歌舞伎には残っていないやり方が、もともと勉強家の猿之助の引き出しの中をさらにふくらませていったのです。
 やがてこうした「ケレン」を駆使し、スピード、ストーリー、スペクタクルの3Sをモットーにした新しい歌舞伎「スーパー歌舞伎」が完成。アニメ「ワンピース」の歌舞伎化は、この「スーパー歌舞伎」の延長線上にあります。
 「時代を追いかけようとしないで、これだという信念をもってやっていれば時代がついてきてくれる。私のベースは江戸、そこから未来が見えてくる」とは猿之助の言。

写真左から、筆者と館長の小栗幸江さん

 相生座でのろうそく芝居から40年以上経った今、歌舞伎では宙乗りも本水も早替わりも、当たり前のように取り入れられるようになりました。舞台の上に水槽があって水しぶきが前方の客にかかるなんて、大劇場では考えられないことだったのに、今では最前列にはビニールまで用意されています。

 小栗克介はすでに鬼籍の人ですが、娘の小栗幸江が館長を引き継ぎ、膨大な資料の保存と美濃歌舞伎の発展に邁進しています。相生座は年数回の歌舞伎公演を行うほかは、美濃歌舞伎博物館として衣装や小道具の保管と展示・貸出などに力を入れています。

◎相生座について詳しくは
『美濃の地歌舞伎』小栗克介編(岐阜新聞社発行)
『ぎふ地歌舞伎衣裳』小栗幸江企画・編(岐阜新聞社発行)

中村屋兄弟が名誉館主【かしも明治座・東座】



 田舎道を進むと急に視界が開け、大きな三角屋根が目に飛び込んできました。青空に映える芝居小屋「かしも明治座」の勇姿。創建は明治27年(1894)で、平成27年(2015)に約120年ぶりとなる大改修が終わりましたが、屋根の葺き替えは創建当時と同じクリやサワラの木の板を使うなど、文化的価値も考えて昔ながらの姿をしっかりと残しています。
 歌舞伎その他のイベントがない日は見学可能。奈落(舞台の下)に入って回り舞台の構造を見たり、自分で動かしたりでき、引き幕の由来などもガイドさんが詳しく教えてくれます。楽屋の壁には役者たちの落書きがたくさん!
 なかでも故・中村勘三郎のサインには皆さん大注目です。彼が初めてこの小屋に来たのは平成18年(2006)7月のことでした。十八代中村勘三郎を襲名したときに、松竹大歌舞伎としては初めて、全国9カ所の芝居小屋でも襲名披露公演をしたのです。岐阜県内では、かしも明治座・東座・相生座の3座で公演。現在、明治座は息子の七之助が名誉館主となり、兄の勘九郎は父親の後を引き継いで、東座の名誉館主を務めています。

岐阜の芝居小屋に行くには?


◆かしも明治座=最寄り駅JR中津川駅から車で約40分
◆東座=最寄り駅JR白川口駅から車で約30分
◆相生座(相生座美濃歌舞伎博物館)=最寄り駅JR瑞浪駅あるいは名鉄御嵩駅から車で約20分

 見学する場合、予約が必要なところがあります。いずれも公共交通機関での便がよくありません。芝居小屋の近くまで行くバスは、あっても1日に数便なので、よく調べてからにしましょう。歌舞伎公演開催の際は、旅行会社企画のチケット付きバスツアーなどを利用するのがおすすめです。

(写真提供:仲野マリ)

【仲野マリ公式サイト「エンタメ水先案内人」】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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