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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第6回 音のこどもたち(下) (須藤岳史より)


 定型のゆらぎのお話からも、いろいろ考えさせられました。「無限性という概念が、有限的な存在である人間から見たとき〈脱定型性〉としてしか認識されない」というのは、人間が言葉で考えているからではないか、つまり思考や認識の前提として、言葉による分節があるからではないかとふと思いました。そう考えると、定型のゆらぎは、言葉で刈り取られた不完全なものを、部分的に無分節な一なる状態へと戻そうとする試みなのかもしれません。線を引くことと線を消すことは、やがて海岸の波のような不安定な状態を生みます。言葉として切り取り、こちら側へ留めること、そしてそれをまた無限へと送り返そうとすること、その往還運動のなかでこそ、語りそこなったものが波打ち際に残された貝殻のようにぽつりぽつりと、その姿を現すのかもしれません。

 音楽をもまた、物理的そして音楽的に、たゆまぬ往還運動のなかで生起する現象です。
 まずは、僕の弾いているヴィオラ・ダ・ガンバという楽器について少しお話ししておきます。

 ヴィオラ・ダ・ガンバはイタリア語で「脚のヴィオラ」を意味し、18世紀の後半まで使われていた楽器です。形はチェロに似ていますが、ヴァイオリン属ではなくリュートやコントラバスの仲間です。弦はたいてい6~7本で、ネックにはギターのようなフレットがあります。手元にある楽器は18世紀に北ドイツで作られたとされる作者不詳(多くの弦楽器には内部に製作者の署名入りの紙片が貼ってあるのです)の楽器で、古い楽器特有の柔らかく遠くまで届く音が特徴です。

 ヴィオラ・ダ・ガンバはすべてかつて命のあったもので作られています。主となる素材は木で、装飾として鼈甲や象牙を使った楽器もあります。そして、弦は現代の弦楽器とは違い、羊や牛の腸でできています。いただいた命を使って音楽を生み出すというのは、とても大きな責任のあることです。

 演奏には弓を使います。弓には馬の尻尾の毛が張ってあります。弓が弦をこすったりはじいたりすることで音が出るわけですが、弓を返す瞬間は弓の往復運動が止まってしまう瞬間でもあります。弦の振動を止めることなく、いかにしてその停止の瞬間を回避するかというのは、とても面白い専門的トピックですが、それはまた別のお話。

 弓の往復運動を繰り返していると、先に書いた言葉のゆらぎと往還運動について思いを巡らすことがあります。生起してすぐに消えてしまう音を扱っていると、後まで残る書かれた言葉(書く=スクリプトとは傷をつける行為ですね)に対して羨望を抱くこともあります。どんなに美しい音が出ても、それは決して残らない。いくら練習で良い音が出せても、演奏会で同じ音が出せるとは限らない。そしてたとえ録音をしたとしても、音として残るのはその一部です。

 しかし、こう考えることもできます。もしその音を聞いていた人がいれば、そしてその音が聞き手の心をなんらかの形で揺り動かしたならば、その音は消える間際に聞き手の心の中に何かを生み出します。生命というものが熱と関係しているとすれば、音もまた心の中にある種の熱を生みます。そして熱は生命を生みます。そういった意味では、音も形を変えて残るものなのかもしれません。もしかすると書かれたもの以上に深く。たとえば誰かの記憶として。音を生み出した者が、その所有をあきらめたまさにその瞬間に新しい命が宿るというのは、まばゆい奇蹟のようでもあります。

 すぐに消えてしまう音を歌ったかのようなウィリアム・ブレイクの詩を引用しておきます。
 良き一日をお過ごしください。


ETERNITY
He who binds to himself a joy
Does the winged life destroy;
But he who kisses the joy as it flies
Lives in eternity's sun rise.
(William Blake “Selected Poems” Penguin Classics)

喜びにしがみつくものは
翼のある生を台無しにする
しかし 飛びかう喜びをキスで見送るものは
とわの日の出を生きるのだ


須藤岳史拝


【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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