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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第5回 ことばはこばと(上) (小津夜景より)


 すっかり大人になるまで、誰しも人は大空から墜落する夢によって、毎朝現実の世界に戻ってくるのだと信じていました。

 それまでどんな夢を見ていようとも、意識が浅くなりかけると突然カチリと場面が切り替わり、錯乱する風景の底めがけて猛烈なスピードで回転落下する。そして身体が地面に叩きつけられるすんでのところではっと目がさめる。

 これが大脳に組み込まれた起床のメカニズムだと信じていたのです。

 完全にそう信じていたので、私はこの現象について深く考えたこともありませんでした。が、あるとき結婚の支度のために実家に戻っていて、なんとはなしに母の前で、
「そういえば、どうして人間って、毎朝墜落の夢で目がさめるんだろうね」
とつぶやいたところ、母がものすごい顔をして、あっ、と声を上げました。

 ことの経緯なしに要点のみを書けば、私は生後半年のとき、マンションの外階段から地上に転落したのだそうです。母の証言から、転落時に目に焼きついた衝撃的映像が、三十年ものあいだ毎朝フラッシュバックしていたこともわかりました。

 ひとつ不思議なのは、この事実を知ってからというもの急速に墜落の夢を見なくなったこと。今では毎朝ちがう夢で目をさましますが、日替わりの夢にはいまだ慣れません。


 前略ハーグの6月はいかがですか。私は今日、旧市街から戦没者慰霊碑までの道を散歩しました。旧市街は何世紀もの趣が重なる路地の迷路で、見上げるとしわっぽい洗濯物が万国旗のようにはためき、密集する建物のあいだからいろんなかたちの空がのぞいています。朝市で知られるサリヤ広場もこの一画にあり、魚や野菜、花や石鹸、骨董や古本など、暮らしの物資が賑わしげに観光客を惹きつけるようすはとても楽しい眺めです。

 戦没者慰霊碑はそんな広場を抜け、海岸歩道を東に数分歩いたところにあります。岩壁をくりぬいた高さ32メートルのアーチ。その下に巨大なドーム型の骨壷がひとつ。壁には第一次世界大戦で命を落とした3665名のニース人の名が美しく刻まれ、その整然たる名を背に地中海へ向かって立つと、紺碧の世界はいつものどかに、戦死者へのオマージュにふさわしい光の静寂を奏でているのでした。


 ところで今日私がここに来たのは、あなたの手紙がきっかけでした。

 断片は失われた部分への想像を掻き立てると同時に、多義的な世界へ溶け出し続ける存在でもあります。全く異なる文脈で何かと結びつき、あらたな意味を獲得する。これは僕に「胴体のない鳥」を想像させます。そしてそれは、断片となってもまだ飛び続ける不吉さではなく、断片だからこそ飛翔できる遠き地平のまばゆさを思わせます。

 この「断片」という語から私が考えたのはやはり短詩のことです。あなたはふたつの大戦期に、箴言・断章・俳句といった短詩形式が西欧で流行したことをご存知でしょうか。この流行の背景はさまざまに説明できますが、さしあたり形式の点のみを物語的に語るならば、未曾生の生存的条件を生きる詩人たちが、遠からず死ぬおのれの言葉に、幾星霜を経て発見される一片の聖遺物めいた形式=格式をあたえたいという無意識の願望を抱いていたことはまちがいないでしょう。

 ドミニク・シポ編『ぬか真中まなかに 戦争俳句1914-1918』の序文にこんなくだりがあります「永遠と無とが交差する17音。生命の危機にさらされている若者がそのつど直面する光景とは、脳がほんの数語に折り畳んだまさに俳句のごとき出来事なのだ」。ここでは当時の若者が、戦火の砲弾と俳句の短さとを閃光という一点において重ねていた可能性が示唆されています。ちょうどあなたの書くように、まばゆく遠い地平を夢見る若者たちが、こぞって断片=胴体のない鳥としての短詩を書き綴り、多義的な世界へ自己を投企していた歴史がここにあった。参考にルネ・ドリュアールの一句を翻訳します。

Derrière le cimetière
Un moulin à vent
Penche sa grande croix.     
(Chemin des Dames, 1922)

墓地の背に
風車
十字を傾けて
(シュマン・デ・ダーム、1922)

(つづく)





【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】
https://yakeiozu.blogspot.com/

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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