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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第4回 辺境への誘惑(下) (須藤岳史より)


 閑話休題。僕の関心は音と言葉です。それが世界で初めて出会った最も美しいものだったからと言ったら少し気障でしょうか(でもほんとうにそうなのです)。普段の生活では、演奏をしたり、古い楽譜や文献を紐解いたり、文章を書いたり翻訳をしたりしながら、音と言葉の間を行き来しています。そんななかで、音と言葉の共通点や差異についてときどき気がつくこともあります。

 音は振動です。振動は離れているもの同士を結びつけます。例えば二人の人が少しだけピッチの異なる同じ音を何秒か一緒に発声すると、音は自然に一つのピッチに落ち着きます。逆に、異なるピッチのままで発声を保持するのはとても難しいことです。音は互いに溶け合うことを求めます。

 逆に言葉は距離を生みます。言葉は切ること、つまり意味分節の働きにその機能をおっています。そこで言葉が獲得するのはロゴスです。そしてロゴスは形式を生み出し、普遍への無限の羽ばたきを獲得します。言葉の持つ切り離す力は、思考を、そしてその人自身を辺境へと誘います。これは結びつける力、いわば抱擁とは逆に、ひとを心の旅へと突き動かす力です。言葉はいくつもの角を曲がり、山を越え、岬を通って海を越え、遥か遠い地平へと人を誘います。以前どこかで読んで、ノートに書きつけてあった断片を書いておきます。文脈は忘れてしまいましたが深く印象に残っています。


たったひとつのことばでさえ 心の辺境に達するまでにいくつの迷路を経なければならないか
(多田智満子「空洞の神話」)


 この一行を読んでまず考えたのは「心の辺境とはいったいどこなのだろう?」ということです。たぶんこれは、私小説めいた秘密よりももっと深い部分のことなのだろうと想像します。そして、以前読んだ村上春樹の本にあった家の例えを思い出しました。ざっくりと書くならば、(日本で言う)一階部分はみんながいる団欒の場所、二階はプライベートな自分の空間、少し薄暗い地下一階はいわゆる近代的自我のような場所、そしてその下に地下二階があって、そこが小説の中で行こうとしている場所だというのです。

 多田智満子のいう「心の辺境」は、この地下二階のような場所なのかもしれません。ユングの言う集合的無意識とも似ているような気がします。そこでは場所や時間を超えて否応なしに人々は繋がってしまうのです。これは、あなたからのお手紙にあった「私という一個の座標を決して組むことなく」という無の感覚と同質なもののような気がしてなりません。

 先に「言葉は切り離す」と書きましたが、言葉はそれを発する主体を変容させることで、主体自身の内部、そしてそれによって開かれた他者へと結びつけることもあります。例えば、恋人は「愛してると言って」と何度もせがみます。ここには、愛が移ろいやすいもので、いつも確認を求めるという以上に、言葉にすることによる暗示や錯誤帰属の魔法があると思います。


告白と嘘は同じものである。告白ができるようにと、嘘をつく。ありのままの自分を表現することはできない。というのは、まさしくそれがありのままだからである。伝達できるのは、ありのままでないものだけ、つまり嘘である。
(フランツ・カフカ『夢・アフォリズム・詩 』吉田仙太郎訳/平凡社)


 「あなたを愛してる」と言ったひとの心は言葉へと引き寄せられる。そして心はあなたが好きで好きで仕方なくなる。しかしカフカは一歩ひいたところからそれを眺めて「伝達できるのは嘘」と言い切っています。なんという皮肉屋さんでしょう!

 またこんな言葉の断片も思い出します。


語が夜空でもあり、心が流れ星であるとき、心はわれわれ自身から遠ざかる。
(ジョー・ブースケ『傷と出来事』谷口清彦・右崎有希訳/河出書房新社)


 この断片はよくわからないのですが、カフカの言葉とともに時々思い出します。「語が夜空でもあり、心が流れ星であるとき」というのは先に書いた言葉を通しての心の辺境への旅を想像させます。そして、そういうときに「心が我々自身から遠ざかる」というのは、地下二階の集合的無意識の領域、カフカのいう嘘から逆説的に導かれるありのままの状態、そしてあなたの言う無の感覚と呼応しているようにも感じます。

 結びつける力と切り離す力、この両方がいつも働いていて、日々変容を続けるこころをこの世界に繋ぎ止めているのかもしれません。おたまじゃくしの群れのゆらぎのように。

 なんだか長くなってしまいましたので、つづきはまた。
 良い夢を。

須藤岳史拝


【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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