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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第3回 なしのたわむれ(上) (小津夜景より)


 薫風の愉しい季節いかがお過ごしでしょうか。私は先日、カンヌの隣町マンドリュー・ラ・ナプールで開催された、独立系ワイン生産者の見本市に足を運びました。

 独立系とは栽培・醸造・販売の工程をみずからの手でおこなう人々を指し、私は毎年この見本市を楽しみにしています。入場券をわたして試飲用ワイングラスをもらい、会場に入ると、すぐ目に入るのが整然と居ならぶブースです。各ブースの脇には生産地ごとに色分けされた丸看板が帆柱のように立ち、生産者とブース番号が記されています。

 この種の祝祭的空間では持ち前の性格が解放されるものですが、お酒にすこぶる弱い私は、まず5、6軒ある贔屓のブースに直行して挨拶と本年の試飲をすませ、その後あらためて会場の入り口にもどり、各ブースをのんびり回るのが常です。この時点ですでにふらふらなので、ラベルが相当かっこいいものしか試飲もしません。結局この日はドメーヌ・ド・サン・シフランとシャトー・デュ・ブルイユのワインを12本購入。他の銘柄はネットで注文することに決め、昼は会場内で販売されている鴨とフォアグラのサンドウィッチを立ったまま食べました。


 展示会では葡萄以外のお酒を見ることもあります。例えば梨。宮沢賢治のクラムボンでは蟹の親子が水中の梨が自然発酵するのをじっと待っていましたが、私も梨酒が大好きで飲むとなれば精いっぱい料理もします。先だっては菱餅色に染めた魚のテリーヌ3種、鴨の肝臓とさつまいもをクロワッサンの生地で包んだもの、あんずと落花生のケーキをつくりました。その日の梨酒は淡い琥珀色で、雨上がりの土のように生臭く、すっと垂直的な甘い喉越し。が、そこから酸味の余韻がふくらむといった味わいのもので、酔いというにはあまりに浅い、じれるような微醺も面白く思われました。

 梨といえば、『狂歌若葉集』を読んでいて、こんな一品を発見したことがあります。

    菊地叔成のもとにて梨子の白あへにて酒たうへて
  梨花一枝あめよりむまき御肴はたぐひもなしの花の白あへ  平秩東作

 梨の白和え――なんと魅力的な響きでしょう。梨を好みのかたちに切り、フロマージュブランかサワークリームで和えて、薄手のうつわに盛る。ミントの葉を添えたり、ドライマスカットを散らしたりしてもいいかもしれない。と、こんなふうに想像してみるだけでもさっぱりしたお酒を舐めたくなります。この歌の大意は「まったくもう。梨花の枝にふる雨より旨い肴だよ、この絶品の梨の白和えは」といったところ。「梨花の枝にふる雨より旨い」というのは白居易『長恨歌』の名句「梨花一枝春帯雨」の味わいよりも上であるという意味です。また「たぐひもなしの花」については、

  雨ながらさきける枝の色はげにたぐひもなしの花の一本  武者小路実陰

の本歌取りで、見てのとおり、こちらも白居易を意識しています。

 武者小路実陰は京都のお公家さんで、平秩東作は江戸の煙草屋さんでした。また東作は若かりし太田南畝を平賀源内に紹介した人でもあります。このつながりのお陰で南畝19歳の処女作『寝惚先生文集』の序文が源内になるのですから最高の御仁です。せっかくなので、ここで南畝の『調布日記』から、やはり白居易にもとづく梨の狂歌をひとつ。

    長文がうたに、むさし野のたびねならではいかでみん
     月のかくるゝ山なしの花、ときこえしかば

  春雨のうるほふ枝の山なしのきのふの花はけふのありのみ  大田南畝

 この「山なし」は名産・多摩川梨なのでしょうね。食べたことがないのが残念でなりません。そしてまた「きのふの花はけふのありのみ」という句の涼しさ。無から有へのなめらかな変容に、奥ゆかしい秘儀に立ち会ったような心地になります。

(つづく)


【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】
https://yakeiozu.blogspot.com/


(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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