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かもめアカデミー
パリ、40年ぶりの文学紀行 エンタメ水先案内人
仲野マリ
最終回(下) タンソンヴィルの方へ

【作品】『失われた時を求めて』/マルセル・プルースト


【場所】レオニ叔母の家(プルースト記念館)とプレ・カトラン



 プルースト記念館は、教会から歩いて5、6分くらいのところにあります。濃い緑の門扉は開いていて、私を迎えてくれました。中に入ると庭の奥に見える、こぢんまりとした2階建ての木造家屋。大豪邸ではないけれど、居心地のよさそうな一軒家です。

休館日だった40年前

プルースト記念館の外観

 実は40年前、この記念館は「休館日」でした。翌朝はもう帰国の途につく日程だった私は、門の前で立ち尽くすのみ。頭の中は真っ白です。そこに横から叫び声が!
 「なんてことなの?!」
 気がつくと、私の隣にもう一人ご婦人が立っていました。私と同じ列車でイリエに着いた、金髪で恰幅のよい中年婦人です。憤慨する彼女は私を連れて、近くにある役場までズンズン歩いていきます(*1)。そして大声で、「休館ですって? 開けてちょうだい!」と直談判を始めるではありませんか。

 「私ははるばるアルゼンチンから来たのよ! 地球の裏側よ! このお嬢さんなんか、日本からよ! どうしてくれるのよ!」
 最初は「諦めてください」と断っていた役場の女性も根負けし、なんと特別に開けてくれることになったのです! それも丁寧な案内付きで。勇敢なアルゼンチン・レディのおかげで、私はレオニ叔母の家の中をじっくり見学することができました。私一人では、とても実現できないことです。

 日本の家とさほど変わらぬ天井の高さで、親しみのわく造り。ガイドの先導で2階に上がると、そこは寝室です。天蓋付きのこぢんまりしたベッドの脇に、小さな幻燈機を置いた丸いサイドテーブル。「これが幼いプルーストが寝たベッドです」と説明された時は、ああ、彼はここで独り寝て、ママがおやすみのキスをしにやってくるのを待ち望んでいたんだ、私はレオニおばさんの家にいる、ここからあの物語が始まったんだ!と感無量でした。


整備が進んだ記念館
 その時に比べると、40年ぶりの記念館はかなり整備されていました。扉を開けると受付や売店があり、庭の隅で半ば放置されていたような温室も、モダンな展示室に。何より、門を入ったときの家の印象に違和感があるのです。庭に面した2階の窓枠に貼ってある、細かいモザイクタイル……こんなものはなかったような気がする……。

 それもそのはず、1994年に大幅なリニューアルがあり、外観も残されていた写真を元に、プルースト少年が訪れていた時代の様相に「戻した」と言うことでした。台所は変わっていませんでしたが、プルースト少年の寝室や他の部屋は、説明の板や小物を覆う透明なプレートがあり、すっかり「博物館」の体。40年前に足を踏み入れた時感じられた、あたかもこのベッドに彼が寝ていたような生活感は、漂ってきませんでした。

 その代わり、プルーストに関するいろいろな資料は充実しましたし、屋根裏に飾られた写真群は圧巻。プルーストの知人や登場人物のモデルとなった人々の様子から、当時の風俗がまざまざと浮かび上がります。ここはもう私の記憶の中の「レオニおばさんの家」ではなく、「プルースト記念館」なのだと自分を納得させて、ここを後にしました。

100年変わらぬ風景に癒される
 その夜はシャルトルに宿泊し、私は翌日再びイリエ=コンブレーを訪れました。前回は日帰りのため見ることができなかった、プレ・カトランという庭園に行くのが目的です。今は公園になっていますが、ここはかつてプルーストの親戚が作った庭園で、小説では「スワン家の庭」として出てきます。

 主人公がヴィヴォンヌ川という小川のほとりを散策し、プレ・カトランにたどり着くまでの描写には、子どもが知らない田舎町を訪れた時のような、「この先へ行くと何があるんだろう?」という冒険心が満ち溢れています。期待と不安が交差し、小さな花も石垣もそよ風もすべてが新鮮。陽の光の作る木漏れ日一つに感激する一部始終が、丁寧に描かれています。

 「タンソンヴィルの方へ」という道しるべを見ながら歩いた私は、小川に差しかかりました。ヴィヴォンヌ川のモデルとなった、ル・ロワール川(*3)です。木製の短い橋のたもとには「これが小説の中に“ヴィヴォンヌ川にかかる古橋”として出てきた橋です」というプレートが掲げてあります。川を覗き込むと、左右の川岸の緑を映す水面には鴨のつがいがのんびり泳いでいました。少し先の堰を流れ落ちる水音と鳥のさえずり以外、何も聞こえない世界。一瞬、どこか夢の世界あるいは絵の中にでも迷い込んだ錯覚に陥ります。が、ふと振り返れば、あの教会の鐘塔が見えるではありませんか。

 「あるいはまたヴィヴォンヌ川のほとりから遠くのぞむと、肉づきたくましい(教会の)後陣が、丈高く見え、それがまるで尖塔を空のまっただなかに投げ上げようとする鐘塔の努力からほとばしり出たように思われたとしよう。いずれにしても、常に立ち戻ってこなければならないのは鐘塔であり、常に見おろしているのはこの鐘塔だった」(*2)

 20世紀初頭に晩年を生きたプルーストが、自分の少年時代を育んでくれた19世紀を懐かしむようにして書き残した風景。100年以上前の世界が、ここイリエ=コンブレーにはたくさん残っていました。

なぜプルーストに惹かれたのか
 プルーストといえば「マドレーヌの逸話」が有名で、小説を読んだことがなくても、マドレーヌのエピソードだけはなんとなく知っているという人は多いと思います。大人になった主人公が紅茶に浸した貝殻型のマドレーヌを口にしたその瞬間、立体ホノグラムのように教会が、プレ・カトランに咲く花が、ヴィヴォンヌ川の流れが、コンブレーの町の人々が、紅茶の香りとともに一気に立ち上ってくる幻想的な描写です。(*4)

 けれどもフランス語にして3000ページ、日本語に訳すと400字詰めの原稿用紙で有に1万枚を費やし、「長編10本分」ともいわれるこの大長編。なかなか読破できるものではありません。その上20世紀小説の最高峰と称えられる一方で、「くどくど長ったらしい」「読みにくい」「悪文」との評判もあり、実は私も最初は敬遠していました。
 でも実際に読んでみると、最初の一文からどんどん引き込まれていくではありませんか。その時、20歳。私は自分がこれまで感じていた曰く言い違い感触を、そのまま文章にしてくれる人に、ついに出会ったのです。

 「長いあいだ、私は夜早く床に就くのだった。時には、蝋燭を消すとたちまち目がふさがり、『ああ、眠るんだな』と考える暇さえないこともあった。しかも三十分ほどすると、もうそろそろ眠らなければと言う思いで目がさめるのだった。私はまだ手にしているつもりの本をおき、明かりを吹き消そうとする。眠りながらも、たったいま読んだことについて考えつづけていたのだ」(*2)

 マドレーヌの逸話に劣らず有名な、小説の冒頭部分。小説の主人公(*5)は短いまどろみの間に時空を往来し、レオニおばさんの家に行った幼い頃を思い出します。これは生涯喘息に悩まされ、ベッドに横たわることが多かったプルーストの実体験に違いありません。休息を必要とする肉体とは逆に神経が冴えわたる中、次々と飛び出す妄想……昔見た幻燈や読んだ本の登場人物たちが、夢の中でごっちゃになって活躍します。
 布団の中で夢と現(うつつ)の間を行ったり来たりする経験は、皆さんにもあるのではないでしょうか。暗がりの天井をみつめながら、頭の中に言葉がぐるぐる渦巻く感触は、15歳で長い入院生活をした私には痛いほどわかるエピソードでした。

 こうした記述のほか、時間と空間についての考え方も共感できるところがいっぱい。ホテルの窓の外で時々刻々と変化する大海原を、四角に切り取った絵画のように描写する場面、あるいは馬車に揺られながら見る、外の景色。とりわけ通り過ぎようとする三本の木が「立ち止まって! ここにある秘密を探って!」と迫るくだりを読んだ時の衝撃は忘れられません。今を逃したら永遠に掴めなくなるような不安。それが何なのか、思い出せそうで思い出せないもどかしさ。初めて訪れたはずなのに懐かしい場所に遭遇したような感覚。それらに、私もよく襲われていたのです。

 そしてこの長い小説の最後に主人公が掴む、明日への希望。レオニ叔母の家で聞いた呼び鈴の音が脳裏に響き、今まで散らばっていた、とるに足らない些細な思い出たちが紡がれ結ばれて一筋の線・一本の塔となり、主人公は「本を書こう」と思い定めます。


人はいつからでも輝ける、と教えてくれた
 全13巻という膨大な描写の中には、赤裸々な愛と嫉妬の告白や、愛されたいと渇望するがゆえの失敗がたくさん書かれています。鋭い芸術観や風俗批評に目を開かせられるとはいえ、全体のうち12巻までは、人生の目的がわからぬまま、さまよい続ける魂の叫びの克明な記録です。そんな長い長い逡巡の末に訪れる、至福の瞬間! 一つの決意によって、無為に過ごしたと思っていた日々が、すべて天職への肥しとなるとわかった時、読者は主人公とともに改めてその道のりの意味を振り返り、全身を震わせる……それこそが、この小説の醍醐味といえましょう。

 何の価値もないと思っていたそれまでの人生が、突然、価値ある経験として光を放ち始めるなんて……。
 人はいつからでも輝ける、人の人生に無駄なものは何もない! 私自身、この小説から勇気をもらい、現在物書きになっていると言っても過言ではありません。
 歴史絵巻でも立身出世物語でも、偉人伝でもない大河小説。人間の内なる葛藤だけをみつめて書かれた『失われた時を求めて』は、史上最長の私小説、といえるかもしれません。(完)



(*1)扉に貼ってあった注意書きに「御用の方は役場内のプルースト&コンブレー協会まで」とあったため。
(*2)引用はすべて、集英社・鈴木道彦個人全訳決定版『失われた時を求めて』全13巻の第1巻『失われた時を求めて <Ⅰ> 第1篇―スワン家の方へ』第一部「コンブレー」(1996年9月発行)より。
(*3)フランスを代表する大河はラ・ロワール川で、ル・ロワール川はその支流の一つ。
(*4)マドレーヌの形はホタテ貝をしている。フランス語でホタテ貝は「coquille saint-jaque(コキーユ・サン=ジャック)」。(ホタテ貝型の)マドレーヌを口にすることで、幼い頃の思い出がよみがえったとするこの逸話は、おそらくプルースト自身の体験による。彼にこの至福の瞬間を与えたのは、紅茶と一緒にそれを食べた時の風味や感覚だけでなく、「ホタテ貝=サン・ジャック=イリエの教会」という「サン・ジャック」が意味する言葉からの連想もあるだろう。イリエ=コンブレーではマドレーヌがたくさん売られているが、それは「プルーストみやげ」としてのみならず、「サン・ジャック」という教会にちなんでいると思われる。
(*5)『失われた時を求めて』の主人公は「私」(語り手)である。


(写真提供:仲野マリ)

【仲野マリ公式サイト「エンタメ水先案内人」】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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