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食べるしあわせ
職人醤油のつくり方 「職人醤油」代表
高橋万太郎
第11回 東京都内で造られる丸大豆天然醸造醤油(下)

うず高く積み上げられたリサイクル瓶
 ひとことで醤油といっても、その味わいは蔵によって全く異なります。その中からどうやって自分好みの醤油を見つけるのか。そのためには、やはり味見をしたい――。
 その思いから考えついた100ml醤油。アイデアはまとまったものの、肝心の小さな瓶はどこで手に入るのか、見当がつきません。そこでまた頼ったのが、近藤醸造の近藤さんです。
 相談すると快く瓶の問屋さんを紹介してもらい、こちらの希望や問屋さんのアドバイスなどのやり取りを重ねました。

「100mlの瓶を用意することはできるけど、最低ロットが1000本とか2000本になります。いいですか?」と、問屋の担当者の言葉。
 1000本がどのくらいの容量になるかも見当がつかないまま、「では、その最少の数で」と注文をお願いしました。
 そのときに振り込んだ初めて仕入れ費用は、たしか5万円くらいだったと思います。精密機械の営業マンだったサラリーマン時代は、数百万円の商品を売ったり、「これにオプションを付けると10万円です」なんて気軽に話していたもの。ですが、このときの5万円は、とてつもなく大きく感じました。なんとも言えないドキドキ感。2回目以降のことは全く覚えていないのですが、このときの感覚はしっかりと覚えています。

工場併設の直売所の内装は多摩産材
 そしていよいよ中身。そこで真っ先に訪ねたのも、やはり近藤さんです。「この瓶に詰めてほしい」とお願いすると、二つ返事で「いいですよ」と近藤さん。そのとき、すでに何件も醤油蔵を訪問していた私は、あらためて近藤醸造を見て、最初の訪問ではわからなかったことにたくさん気づきました。

 その一つは、店の入り口に山積みにされた瓶。一般的に醤油の容器としてはプラスチック容器が主流です。たとえ瓶を使っていても、リサイクルして使っている蔵は少なく、近藤醸造のように使用済みの回収された瓶が集められている光景はほとんど目にしませんでした。
 近藤醸造が瓶にこだわるのは、それが最も醤油のおいしさを保てる容器だからです。醤油は酸素と触れると酸化してしまいます。ペットボトルはわずかな空気を通してしまいますが、ガラス素材はその影響を最小限にとどめてくれるのです。一方で、瓶は重くて捨てる手間も大変。そういうわけで、業界全体としてはペットボトル容器が大勢となっているのです。
 そうした中で、近藤醸造では古くから瓶のリサイクルに取り組んできました。近場のお客さんが使用後の瓶を持ち込む姿は日常茶飯事。使用済みの瓶が黄色のプラスチックケースに入れられ、山のように積み重なっているのは、醤油蔵としてはとても珍しい光景だったのです。


 あれから10年以上経った2017年2月、前橋にある本店で閉店後に一人で事務作業をしていた夜のこと。突然ファックスが鳴りました。醤油蔵への発注や卸先の店舗からの注文に頻繁に使っているので、なにげなく送られてきた書類を手にすると、そこには「訃報」と書かれた文字と近藤さんの名前がありました。
 そのままイスに座り込んで、しばらくボーッとしていたと思います。自分の周囲で人が亡くなるという経験は、しばらく前に祖母が亡くなったとき以来のこと。一人で葬儀へ行くのも初めてで、どうしたらよいかもわからないまま、車を走らせて式場に向かいました。余裕を持って到着しましたが、すでにあふれかえる人、人、人。私の後にもどんどんやってきます。「すごい人だね」とつぶやく声が、あちらこちらで聞こえてきました。

 お焼香の順番待ちをしながら思い出したのは、初めての訪問のときのこと。近藤さんに、「醤油ってどんな使い方をするのが好きですか?」と質問をすると、「あまり大きい声で言うとお行儀が悪いって怒られてしまいそうなんですけどね」と前置きをして、「アツアツのご飯に醤油を垂らすでしょ、するとフワッといい香りになるじゃないですか。本当においしいと思うんですよね」と、その様子を身振り手振りで話してくれました。しかも、とびきりの笑顔で。

 職人醤油の誕生に欠かせない存在だった近藤さん。もっともっと醤油の魅力を伝えていくことが恩返しになると思っています。10年前にいただいた本『しょうゆの不思議』は、今でもしっかりと本棚に収まっています。


☆今月の醤油 五郎兵衛醤油(東京都 近藤醸造)
価格:330円+税/原材料 :大豆、小麦、食塩
詳細はこちらから↓
http://www.s-kura.com/?pid=7687618

【国産丸大豆を使用した濃厚な仕込み】

お行儀が悪い……と思われるかもしれないが、熱々の白いご飯に五郎兵衛醤油をひとたらしすると、ふわっとよい香りが立ち上がる。バターと一緒に食パンやバケットに薄く塗って、トーストにしても絶品。国産丸大豆醤油の国内流通割合は0.2%とほんのわずかだが、そのうちの一つがこの五郎兵衛醤油だ。杉桶で1年熟成させた濃口醤油で、仕込みに使う塩水の量を極限まで少なくし、うま味が濃縮されているため、ご飯やパンと合わせて醤油本来の味を楽しめる。
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【たかはし・まんたろう】
1980年群馬県生まれ。立命館大学卒業後、(株)キーエンスにて精密光学機器の営業に従事し2006年退職。(株)伝統デザイン工房を設立し、これまでとは180度転換した伝統産業や地域産業に身を投じる。現在は、一升瓶での販売が一般的だった蔵元仕込みの醤油を100mlの小瓶で販売する「職人醤油」を運営。これまでに全国の400以上の醤油蔵を訪問した。
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