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食べるしあわせ
職人醤油のつくり方 「職人醤油」代表
高橋万太郎
第10回“あるもの探し”で地域と共に育む醤油(上)
 2011年3月、東日本大震災の日のことは今でもはっきりと覚えています。東京に向かうため駅に行く途中でした。「職人醤油」の本店がある群馬県前橋市に大きな被害はなかったのですが、停電で信号機の灯火が消え、道路は渋滞で車があふれかえっていました。いつもなら10分で行ける距離に1時間以上を費やし、家にたどり着いたころにはすっかり日が暮れていました。テレビをつけると、津波が町をのみこむ衝撃的な光景が映っていて、同時に目に飛び込んできたのは「陸前高田市」という、私にとってはとてもなじみのある地名でした。

陸前高田から、ひと山こえた一関市に工場を新設
 八木澤商店を初めて訪れたのは、2008年だったと思います。「職人醤油」の取り組みを始めたばかりのころ、埼玉県の醤油屋さんから「いろいろな醤油蔵をまわっているのなら、岩手県の八木澤商店さんには行ったほうがいいよ」と教えていただき、早速、北へ北へと車を走らせました。そしてたどり着いたのが陸前高田市。白い砂浜に7万本もの松が並ぶ高田松原に圧倒され、そこから車で数分の距離にある八木澤商店に到着しました。出迎えてくれたのは河野通洋さん。当時の肩書は専務でした。

 1807年創業。土蔵と母屋は確かな歴史を感じる立派なもので、「八木澤」と大きな文字で書かれた看板が、ずっと活気を保ってきた醤油蔵であることを物語っています。蔵の中には木桶が並び、伝統的な製法での醤油づくりの光景が広がっていました。

 今でこそ丸大豆醤油は日常にありますが、実はその先鞭をつけたのが八木澤商店です。丸大豆を使い昔ながらの醤油を復活させようと取り組み始めたのは、約40年前のこと。当時は、大量生産によって高品質低価格な醤油をつくるために、大豆から油を取り除いた脱脂加工大豆が主な原料となり、丸大豆醤油はほとんど見られなくなっていました。

原料の丸大豆
 そのころから、先駆けというか変わった取り組みをしていると周囲から見られていたはずです。丸大豆を原料に、梃子(テコ)の原理でじっくり時間をかけて圧搾。近代的な設備で安く大量につくることがよいとされていた時代に、真逆ともいえる醤油づくりです。そのため、どうしても原価コストは高くなってしまい、1升3000円の醤油に。ところが、「誰が買うんだ?」という価格設定にもかかわらず、その確かな味わいに次々と注文が舞い込んできたのだそうです。

 八木澤商店にはまた、印象深いエピソードもあります。それは、震災前に地元の小学生を集めて実施していた「生き方」の授業と、近隣の小学校で行われていた味噌づくり教室。いずれも大豆や米を育てるところから始まります。

社長の河野通洋さん
 畑の大豆を食べに野生のシカが現れたときのこと。都会の子どもであれば珍しい動物にはしゃぐか、「怖い」と言って逃げてしまいそうなものですが、ここの子どもたちにとっては自分たちが大事に育てている大豆を食べてしまう存在というわけで、「こら~! あっちいけ~!」と真剣に立ち向かっていったそうです。米を育てるときには草の虫をつぶします。そのときも、虫はイヤだとか、つぶせないと言ってはいられません。このような体験を経て、子どもたちは自分たちの食卓に並んでいる食べものは多くの犠牲の上に成り立っていることを実感するようで、自然と「いただきます」を口にするようになるそうです。

 これらの取り組みが「地域づくり」だと河野さんは言います。「田舎で育った子どもたちはいずれ都会に出ていくもので、これは止めることはできないでしょう。でも、地元での原体験が刻まれていれば、成長したときに故郷に戻ってきてくれる確率は高まるのではないか。このサイクルを続けることが地域をつくることだと思っています」

 こんな話を伺った夜、地元のおいしい食事を共にしました。すると、河野さんの仲間がどんどん集まってきます。業種は違うけれど地域を盛り上げる仲間として、とにかく仲がよさそうな雰囲気が伝わり、しかもそれだけではなく、互いに切磋琢磨をするために刺激を与えあっている。そんな厳しさも兼ね備えている仲間たちだと感じました。(つづく)
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【たかはし・まんたろう】
1980年群馬県生まれ。立命館大学卒業後、(株)キーエンスにて精密光学機器の営業に従事し2006年退職。(株)伝統デザイン工房を設立し、これまでとは180度転換した伝統産業や地域産業に身を投じる。現在は、一升瓶での販売が一般的だった蔵元仕込みの醤油を100mlの小瓶で販売する「職人醤油」を運営。これまでに全国の400以上の醤油蔵を訪問した。
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