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食べるしあわせ
職人醤油のつくり方 「職人醤油」代表
高橋万太郎
第9回 「食いしん坊」のこだわりが醸し出す濃厚な味わい(上)

奈良県御所市にある片上醤油
 奈良県には比較的多くの醤油蔵が残っています。インターネットで検索してみると、醤油蔵やその特集記事、県内の醤油蔵が協力して作り上げた「古代ひしお」などが並びます。
 その中に、手づくり感にあふれながらもマニアックな情報を掲載している蔵元がありました。御所市にある片上醤油。なんと、家庭での醤油の仕込み方がやたらと詳しく書いてあるのです。「大豆は一晩水に浸した後、圧力鍋で1時間以上、普通の鍋なら8時間以上煮てください」と始まり、麹作りの時間経過に応じた対応の仕方など事細かな解説。極めつけは「麹菌が手に入らないときはご連絡ください。お送りします」という記載です。普通とは少し変わった雰囲気に、ぜひ伺ってみたいと感じました。

 例のごとく、事前の約束もなしの飛び込み。大通りから小道へ、さらに奥の小道へと車のナビが誘導してくれると、右手に川が流れ、左手に木板の色が黒く変わっている建物が見えてきました。「この黒色は醤油っぽいな」と思っていると、案の定、看板には「片上醤油」の文字。扉を開けると、事務所の奥で机の下に潜り込みゴソゴソと何か作業をしている人がいました。

代表の片上裕之さん
 「ちょうどパソコンの調子が悪くなってしまって……」と、汗だくになりながら答えてくれたのが、代表の片上裕之さん。
 「あっ、そんな大変なときにすみません。実は『職人醤油』というサイトを運営しているのですが、見学させていただきたいと思って……」
 「あぁ! 知ってますよ。見たことあります!」
 「ありがとうございます。でも、タイミングが悪そうなので、またあらためて……」
そう言いかけると、「いえいえ、大丈夫ですよ!」と片上さん。印象的な出会いでした。

 片上さんは濃口醤油・淡口醤油・再仕込み醤油・溜醤油と、4つの異なる醤油を手がけています。それぞれに仕込みや管理方法が異なるので、小規模な蔵ではそれだけでも珍しい。片上さんのつくる醤油は、それぞれがさらに少し変わっているのです。
 例えば、淡口醤油には色の濃さの定義があります。基準となる濃さの見本があって、「この色からこの色までの間でなくてはいけない」というわけです。熟成期間が長くなるほど濃くなるので、一般的には、できる限り短期間で塩分濃度を高くしてうま味成分は低めに抑えます。
 ところが、片上さんは淡口醤油の定義に入るギリギリの色を保ちながら、「旨みはできるだけ高い醤油」を目指す。再仕込醤油にいたっては、とにかく濃厚。そのほかにも、青大豆を原料にした醤油や、自分が満足することだけを追求した「自家用たまり」という醤油もあります。

 種類の異なる醤油それぞれが、とても個性的な味わいを醸しだす片上さんの醤油づくり。「どうしてそこを目指すのですか?」と尋ねると、「私、食いしん坊なんです」という答えが。そこには、自分が「おいしい!」と感じる醤油を追求する姿勢がありました。

 そんな片上さんですから、相談を持ちかける飲食店さんも多いのですが、ひと筋縄でいかないのもまた片上さん。
 あるラーメン屋さんから、こんな素材を使っていて、こんなスープにしたくて……と、あれこれ要望があり、それに合わせて最適な醤油はどれかと質問を受けたそうです。冷静に状況を分析した片上さんは、「それならスーパーに行っていちばん安い醤油を買ってきて使ってみるといいよ」とアドバイスをしたそう。料理はバランス。こだわりとか個性的なものを全部に掛け合わせてもダメ、ということなのですが、自分の醤油を薦めないのは片上さんらしいところでもあります。(つづく)
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【たかはし・まんたろう】
1980年群馬県生まれ。立命館大学卒業後、(株)キーエンスにて精密光学機器の営業に従事し2006年退職。(株)伝統デザイン工房を設立し、これまでとは180度転換した伝統産業や地域産業に身を投じる。現在は、一升瓶での販売が一般的だった蔵元仕込みの醤油を100mlの小瓶で販売する「職人醤油」を運営。これまでに全国の400以上の醤油蔵を訪問した。
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