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美しいくらし
東京ぶらり老舗散歩 江戸文化研究家
安原眞琴
第5回 御茶ノ水から秋葉原まで神田川を下る②
明治の面影を伝える鉄道高架橋
 もしかしたら、江戸の最高学府の勉強の雰囲気にあてられて、疲れてしまった方もいらっしゃるかもしれませんね。そんな方は、湯島聖堂の正門から出るとすぐ秋葉原になりますので、メイド喫茶に行ったりゲームをしたりすると、すぐに頭をほぐすことができるでしょう。

 でもその前に、秋葉原の手前に架かる2本の橋を見学したいと思います。最初に見えるのが〈昌平橋〉、奥にあるのが〈万世橋〉です。2つとも古地図の「日本橋北・内神田・両国・浜町/明細絵図」にも載っている、古くからある橋です。
 〈昌平橋〉の昌平とは、孔子の故郷の地名です。5代将軍徳川綱吉が、元禄4年(1691)に、この地に〈昌平坂学問所〉を造営した時に名付けられたそうです。
 〈万世橋〉は、古地図には、〈筋違御門〉(すじかいごもん)と書かれています。〈御門〉とは要塞の役割も果たしていた重要な橋のことで、〈見附〉とも言います。今でも〈赤坂見附〉のように、地名や駅名として残っているところがありますね。

 近代以降、明治45年(1912)に2つの橋の間に〈煉瓦造りの鉄道の高架橋〉が創られ、今でも残っています。これは、今の万世橋の場所に、〈万世橋駅〉という大きなターミナル駅が創られたのですが、そこに乗り入れる電車のための高架橋でした。

商業施設に生まれ変わった万世橋駅
 その駅舎は、東京駅と同じ〈辰野金吾〉が設計した、たいへん豪華なものだったようです。それというのも、この辺りは街道が行き交う交通の要衝で、〈青物市場〉もあったので、江戸時代からたいへん栄えていたからです。

 しかしながら、そのターミナル駅は、東京駅が出来て、さらには神田駅や秋葉原駅の乗降客が増えたため役目を終え、しばらくは〈交通博物館〉として利用されていましたが、近年〈マーチエキュート〉という煉瓦橋の中を歩けるお洒落な商業施設に生まれ変わりました。
 青物市場も、昭和3年(1928)に秋葉原駅の西側に移転し、平成2年(1990)には大田区に引っ越しました。

 さて、万世橋を越えて、神田川沿いに先に進んでみましょう。山手線の高架をくぐると、すぐに〈神田ふれあい橋〉という、気付かないほどの小さな狭い橋が見えます。東北新幹線をつくる時に工事用に架けられた橋ですが、地元の人からの、便利だから残してほしいとの要望に応えて残されたそうです。

江戸の町にあった森の跡
 この〈神田ふれあい橋〉も興味をそそられる橋なのですが、そのお隣に、これまた気になるスポットがあります。それは〈柳森神社〉です。創建は、江戸時代以前の太田道灌の時代にさかのぼります。
 江戸の町には、21箇所もの森があったそうです。これはそのうちの1つで、この辺りから隅田川までの神田川沿いの土手に、柳の木がずっと植えられていたので、〈柳森〉と名付けられたそうです。

福寿神社ではたくさんの狸の像に会える
 神社は、道路よりも低く、川に面した所にあるため、鳥居をくぐったら階段を数段下りて行きます。敷地は縮小されて非常に狭いのですが、その中に周辺のお社などが合祀されたため、さまざまな神さまたちがひしめいています。富士山に見立てられた〈富士塚〉の、名残の溶岩もあります。
 見所がいっぱいある中でも特に目を引くのは、狸をお祀りした〈おたぬき様〉でしょう。正式には〈福寿神社〉と言います。これにはこんな話が伝わっています。5代将軍綱吉は、兄の4代将軍に継承者がなかったため、期せずして将軍になりました。そのため町人出身の桂昌院が、思いがけず将軍の生母になりました。この異例の出世にあやかろうと、桂昌院の崇拝していた福寿狸が信仰されるようになったということです。

 境内にはたくさんの狸の石像があり、いずれも味わいのあるお顔をされていますが、福寿神社の前に祀られている、珍しい鋳物製と思われる2匹の狸は、何とも言えない愛らしいお顔をされていて、思わず見とれてしまいます。

お待ちかねの甘味処へ!

昭和5年創業の竹むら
 では、先ほど通った〈万世橋〉に戻りましょう。橋をはさんで、一方には現代を象徴するかのような秋葉原電気街、もう一方には老舗が密集した古い町が残っています。

 今は、老舗の密集地に向かいましょう。この辺りを昔は〈連雀町〉と言いました。〈連雀〉とは〈商人〉のことです。商人の行き交う繁華な場所だったのですね。

 ところで、東京は、その町の多くが関東大震災と東京大空襲で灰燼に帰しましたが、この町は奇跡的に焼け残りました。そして、平成13年(2001)に、この町の5軒の老舗がまとめて〈東京都選定歴史的建造物〉に選定されました。このような例は東京ではここしかないようです。

 今から行くのはそのうちの1軒で、昭和5年(1930)に創業した〈竹むら〉という甘味処です。名物は〈あげまんじゅう〉です。
 注文すると、最初に〈桜茶〉が出てきます。見た目は淡いピンク色でカワイイのですが、実は隠れた主役で、適度な塩加減がおまんじゅうの甘さを緩和し、美味しさも引き立ててくれます。

看板メニューのあげまんじゅうは桜茶と一緒に

 しばらくすると揚げたてのあげまんじゅうが出てきます。きつね色をしたサクサクの衣を口にすると、甘すぎないあんこが口の中いっぱいに広がります。1皿に2つ乗っているのですが、揚げてあるのに軽やかな味わいなので、2皿でも食べられそうです。

 近年ではなんと、万世橋の向こうの秋葉原から、世界中の〈オタク〉もやって来るそうです。アニメ『ラブライブ!』の主人公の実家のモデルという、いわば〈アニメの聖地〉になったからです。秋葉原周辺は、今と昔をつなぐタイムトラベルが楽しめるエリアと言えるでしょう。

【竹むら】
東京都千代田区神田須田町1-19
電話03-3251-2328
[営業時間]
11:00~20:00
[定休日]
日曜・祝日・月曜日


【makoto office 安原眞琴公式サイト】
http://www.makotooffice.net/

【イラストと地図:鈴木 透(すずき・とおる)】
1965年福島県生まれ。「釣りキチ三平」などを制作する矢口プロダクションを経てフリー。
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【やすはら・まこと】
1967年東京都生まれ。文学博士。専門は日本の中世・近世の文学、美術、文化、女性史。吉原文化の最後の継承者を5年間取材したドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん―吉原最後の証言記録―」を2013年に発表。立教大学・法政大学・大正大学・東武カルチュアスクールなどで講師を務め、天台宗総合研究センター、日本時代劇研究所などの研究員でもある。NHKカルチャーラジオ「歴史再発見 芸者が支えた江戸の芸」を2016年に担当。著書に『「扇の草子」の研究――遊びの芸文』(ぺりかん社)、『超初心者のための落語入門』(主婦と生活社)、『東京の老舗を食べる』(亜紀書房)などがある。
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