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かもめアカデミー
恋と歌舞伎と女の事情 エンタメ水先案内人
仲野マリ
第6回 彦山権現誓助剱~毛谷村 オスカルになれなかった女~お園の物語③
「妻」になるより自分らしい道を探る
 お園は女だてらに酒を飲み、したたかに酔って痴れ者となり、甥にあたるお菊の息子・弥三松を跡継ぎするよう母に申し入れます。一味斎の敵討ちをするためにはなんとしても男の跡継ぎが必要。なまじ長女の自分がしっかりしているのが邪魔になる、と身を引く覚悟のいじらしい策略でした。しかし母のお幸は「実はお前は先妻の子」と打ち明け、お園こそ正しい跡継ぎであり、父の一味斎が決めたとおり、許婿の六助を婿にとり、吉岡の家を盛り立てるようにと懇願するのでした。

 でも「跡を継げ」と言われても、実際には「六助」という男がすべてのカギを握っている。それも一味斎以外誰も会ったことがない、遠く九州・大分にいる人を婿に迎えなければならないのです。いったいどんな人物なのか。ちゃんとこの家を守ってくれるのか。ふびんな弟のことを愛してくれるのか? 妹の結婚を、弥三松のことを、許してくれるのか。私たちと同じくらいの情熱をもって、父の仇討ちに参加してくれるのか……。

「もし、吉岡の家にふさわしくない男だったら……」
 未知数の許婿より妹の息子に後を継がせ、妹夫婦とともに甥を盛り立てるほうがずっと安心できただろうし、自分も人の奥さんにおさまるよりずっと活躍の場がある、と思ったとしても不思議ではありません。そうでなければ「したたか酔って勘当されよう」などとはしないはずです。

 だから私はなおさら腑に落ちない。そこまで頭の回る女性が、いきなり「女房じゃ!」とかいって、はしゃぎますかね?

戦い続ける女性が巡り合った理想の男性
「毛谷村」で遭遇した六助が許婿とわかった途端、お園は「今日からわしが女房じゃ!」とはしゃぎながら、突然かいがいしく姐さんかぶり! でも炊事などしたことがなく、釜を空焚きにしてしまう……。
 はしゃぎまくるお園、イタすぎる! どうしてお園は、これほどの「滑稽」とも「哀れ」とも感じられる行動に出たのでしょう。

 当初許婿とも知らずに虚無僧姿で六助と対決したとき、お園はまず「むむ、こやつデキる!」と感じたことでしょう。久々に出会った、自分に勝るとも劣らぬ剣の使い手。そして事情が明らかになれば、なるほど心根のいい男! 他人なのに、露頭に迷う幼い弥三松を我が家で預かる優しさ、人を信じる心、よこしまを許さない正義感。

 (やっぱりお父さんは私のことをわかってくれていた。家を守ることだけでなく、私にぴったりの人を見つけてきてくれていた。吉岡の家は、私と彼と、二人で一緒に盛り立てていきます。ありがとう、お父さん! 私、剣士としても女としても、幸せになるわ!)

 六助が自分の父親を師と仰ぎ、自分と同じくらい愛してくれていることは、ファザコンお園にとって最も大切なことだったのかもしれません。義理ではなく、父の一味斎を殺した男を心から憎んで敵討ちに協力してくれる人。これからずっと大好きな父の思い出話をし、父の剣さばきを二人でたどれる幸せ。この「価値観の一致」によって、六助はお園にとって最高のパートナーとなりえたのです。

ありのままの自分を愛してくれる人がいる
『彦山権現誓助剱』は1786年、今から230年も前に書かれた作品ですが、お園は現代の女性に通じる資質と悩みをたくさん抱えていたように思います。身長180㎝で男勝りの剣術家。強いし、頭は切れるし、思いやりもあり心も広い。一家をまとめる才覚がある。自分に自信がありリーダーシップもあり、男に頼って生きるタイプではありません。
 世間的には体躯的にも年齢的にもかなり「嫁き遅れ」感があり、周りはいろいろ言ったかもしれません。でも「世間体」なんてなんのその! ピンと背筋を伸ばして意に介さず、という女性だったと思います。

 そんなお園が生まれて初めて「この人になら頼れる」という人を見つけた! それが六助だったのです。肩ひじ張って、男より強く、誰より正しく生きなければという重荷を下ろすことができた、人生で最高の瞬間! 
「女房じゃ、女房じゃ!」は、六助が許婿だからではなく、お園が自分らしく生きられる理想の伴侶を得た、歓喜の歌なのだと私は思います。 

「自分より優秀な男なんてどこにもいない。ヘタな男に邪魔されるくらいなら、結婚なんてしなくていい。私は私で生きていく!」 

 そんなふうに思っていませんか?
 独りで家族の問題を背負いこんでいませんか?
 自分の幸せを後回しにしていませんか?

 あなたが心の鎧を外して「あなたこそ私の夫! 私があなたの奥さんよ!」と叫べる人に会えることを、心から願っています。
 ……ただし、デキる女ほどダメンズの面倒をみたくなる傾向があるようなので、そこのところは十分気をつけてくださいね!



【仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド】
http://kabukilecture.blog.jp/
【エンタメ水先案内人】
http://www.nakanomari.net
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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラム)http://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01
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