× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
東京ぶらり老舗散歩 江戸文化研究家
安原眞琴
第2回 お花見は江戸の行楽の心意気で②
風光明媚な江戸の郊外

 隅田川の橋と橋の間隔は非常に短いので、すぐに吾妻橋の次の橋「言問橋」に到着します。橋の名称は、『伊勢物語』の歌、「名にし負わばいざ言問わん都鳥 わが思う人はありやなしやと」に由来します。
 この橋の真ん中は、知る人ぞ知るお花見スポットです。向島の桜とスカイツリーのコントラストを楽しむことができるので、立ち止まって見てみましょう。

 橋を渡りきると、そこはもう「向島」です。この辺りは大名の下屋敷が多かったのと、水にも事欠かなかったので、近代以降、広大な屋敷跡に次々と工場が建てられました。今はそれもなくなり、東京スカイツリーをはじめとする再開発が進んでいます。
 でも、橋のたもとにある「隅田公園」は、水戸黄門でおなじみの水戸藩の下屋敷だったので、池や築山など、庭園の雰囲気が残っています。
 また、その一部は、この地域の総鎮守である「牛嶋神社」という大きな神社になっています。以前は1本上流の「桜橋」のたもとにありましたが、公園の開設に伴って、昭和7年(1932)に現在地に移りました。
 この神社の見どころは〈なで牛〉です。境内に鎮座している大きな牛の石像のことですが、癒やしたい部分をなでると治ると信じられてきたので、大勢の人たちになでられてきたお顔やお腹が、テカテカ光っています。

上:牛嶋神社のなで牛 下:弘福寺の婆の石像
 では、横断歩道を渡り、向島花街のある〈見番通り〉と呼ばれる川沿いの道を、上流に向かって歩きましょう。ここからが風光明媚な郊外として、江戸人に親しまれていたエリアになります。
 なかでも有名だったのは「三囲(みめぐり)神社」です。社殿は小さく、敷地が広い神社です。その社殿の前に、狛犬ならぬ2匹の〈阿吽の狐〉がいらっしゃいます。〈三囲のコンコンさん〉と呼ばれる、狐なのに〈たれ目〉の、愛くるしいお顔をした石像です。

 もう1つ、古い石像があります。それは、社殿裏手の朱の鳥居の先に祀られている〈爺と婆の石像〉で、見たこともないお顔立ちをしています。その石像前にある供物台は、吉原の太夫〈花扇〉が奉納したと伝えられています。

 また、隅田川向きに建つ〈裏門〉と〈大鳥居〉も、浮世絵にしばしば描かれた、三囲神社を象徴する建造物なので、江戸好きの人は是非ともお立ち寄りください。
 その他にも見どころがたくさんありますが、先を急いで見番通りを進みましょう。するとすぐに「弘福寺」という黄檗宗のお寺に着きます。
 ここにも〈爺と婆の石像〉があります。三囲神社とは違う風貌で、かなり丸みを帯びています。咳に御利益があると信じられてきたので、寺務所でも痰切り飴を売っています。

浮世絵美人も魅せられた桜餅
 お昼に浅草を出発して散策していると、夕方になっている頃かと思いますので、ちょっとイップクして、その後、夜桜見物をしながら、スタート地点の「浅草駅」に戻りましょう。もう帰るだけなので、露店で一杯ひっかけて酔っ払っても安心ですね。
 しかもこの辺りは、最も土手にあがりやすい場所でもあります。長い階段を登る必要もなく、ほとんどフラットな状態で土手に行けます。

享保2年創業の「山本や」
 さて、イップクするのは「山本や」という老舗です。弘福寺の隣に「長命寺」という天台宗のお寺があって、その角をまがると隅田川に出るのですが、山本やは、その長命寺と隅田川に挟まれたところにあります。
 創業は、享保2年(1717)。八代将軍吉宗が墨堤に本格的に桜を植え始めた時期です。この頃、長命寺の門番をしていた山本新六が、桜の葉を使ってお餅屋さんを始めたので、屋号は山本やですが、今でも「長命寺の桜餅」の愛称で親しまれています。
 元治元年(1864)に出版された、2代歌川広重の浮世絵「江戸自慢三十六景 向嶋堤ノ花 并二 さくら餅」に描かれるなど江戸時代から有名で、文政7年(1825)の記録から、1年に38万個売れたとも推定されています。

 普段は店内で食べられますが、お花見の時期はお持ち帰りのみになるかもしれないので、ご注意ください。浮世絵にも、2人の女性が篭で編んだお土産の包みを下げて、墨提を歩いているようすが描かれています。もし店内で食べられなかったら、「花よりダンゴ」さながらに、お花見をしながら食べてもいいですね。
 店内に入って緋毛氈(ひもうせん)の縁台に腰をかけると、3寸四方の杉箱に入った桜餅が出てきます。江戸時代には、陶器のお皿が高価で揃えにくかったため、木の箱にしたそうです。側面に押された「長命寺さくら餅」という焼印も、歴史を感じさせます。
 桜餅も独特で、2~3枚の塩漬けの桜葉で覆い尽くされていて、まったくお餅が見えません。それをむくと、味付けも着色もない白い薄皮で、繊細な舌触りの餡子を包んだ、ほんのりと桜の香りがする桜餅が、顔を出します。
 江戸時代から変わらない製法の日本初の桜餅を、どうぞご堪能ください。

【長命寺桜もち 山本や】
東京都墨田区向島5-1-14
電話03-3622-3266
[営業時間]
8:30~18:00
[定休日]
月曜

【makoto office 安原眞琴公式サイト】
http://www.makotooffice.net/

【イラストと地図:鈴木 透(すずき・とおる)】
1965年福島県生まれ。「釣りキチ三平」などを制作する矢口プロダクションを経てフリー。
ページの先頭へもどる
【やすはら・まこと】
1967年東京都生まれ。文学博士。専門は日本の中世・近世の文学、美術、文化、女性史。吉原文化の最後の継承者を5年間取材したドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん―吉原最後の証言記録―」を2013年に発表。立教大学・法政大学・大正大学・東武カルチュアスクールなどで講師を務め、天台宗総合研究センター、日本時代劇研究所などの研究員でもある。NHKカルチャーラジオ「歴史再発見 芸者が支えた江戸の芸」を2016年に担当。著書に『「扇の草子」の研究――遊びの芸文』(ぺりかん社)、『超初心者のための落語入門』(主婦と生活社)、『東京の老舗を食べる』(亜紀書房)などがある。
記事一覧
新刊案内