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にっぽん味噌蔵めぐり
実践料理研究家・みそ探訪家
岩木みさき
第13回 イメージ表現はワインソムリエのように (井上味噌醤油・徳島県)
 味噌は、人それぞれ持つイメージが異なる調味料だなと感じる場面がよくあります。皆さんが思い浮かべる味噌の香りと味わいは、どんなものでしょうか。
 熱々の白いごはんにのせて食べたくなるような食欲がそそられる香り、出汁と一緒にふわっと香る癒しの香り、ぽってり柔らかい甘口の感じ、キリッとしたすっきり辛口の味わい……。
 でも実はその表現方法はもっと奥深く、味噌と全く別の物質を引き合いに出して、ワインソムリエのように「〇〇〇のようだ」などの語を用いた直喩で表現できることに気がつきました。そのきっかけになったのが、これからご紹介する蔵との出会いです。


 徳島県鳴門市、渦潮が巻く海辺の町に明治8年(1875年)創業の井上味噌醤油があります。7代目の井上雅史さんは、大学時代は道具や車の工業デザインを専攻し、地球のリアルを知りたいと卒業後にモンゴルへ1年間留学。現地で毎月開催された持ち寄りパーティーで実家の味噌を使った豚汁をふるまうと、「おいしい!」と毎回大好評で、現地の人や留学生仲間にとても喜んでもらえたそう。
 「外国の方にも味噌はおいしいと感じてもらえるんだ。その味わいを日本だけでなく、国境を越えて多くの方に伝えたい」という気持ちが強くなり、帰国後、23歳で実家の味噌蔵に入ったそうです。
 井上味噌醤油では創業当時から変わることなく、現在も「もろ蓋」や「木桶」といった木製の道具を使い、天然醸造で色も香りも味も異なる個性豊かな4種の味噌仕込みを行っています。味噌の原料である大豆、米、塩はすべて国産を使用。先代からの教えにより、原材料の銘柄や配合は非開示にしているのも、こだわりの一つです。

 2015年には若手の桶職人と一緒に新桶作りに挑戦するなど木桶文化の継承にも力を注いでいて、味噌の魅力を広めたいと思う私に、「焦らずやったらええよ。時間がかかることだから、ちょっとずつやったらええんちゃいますか」と、いつも優しい言葉を送ってくれています。

 井上さんの味噌を食べたとき、私が最初に発した言葉は「ナッツみたいな味がする!!」でした。甘味はあるけれど、塩気も効いた中辛の「白味噌」はまるでカシューナッツのよう。京都の西京味噌の甘口とは異なり、程よい塩味があるので料理にとても使いやすいのが特徴で、この味噌に柚子胡椒を混ぜて鍋にすると格別のおいしさを体験できます。
 そして、創業当時から変らぬ製法で仕込まれている定番の「常盤味噌」は、ピーナッツのようなコクのある香りがしたのです。そのときは第一印象で話していたのですが、のちに井上さんが味噌の香気成分を分析したところ、本当にナッツに含まれる香気成分の含有量が多いことが判明したのです。

 「ほんまにナッツの香りだったから、ビックリして!」。うれしそうに電話をかけてくれたこと、二人で話がとても盛り上がったのを、今でもよく覚えています。
 「ナッツの風味だから、バナナと合うかな?」
 「生クリームに合わせると塩キャラメルみたいな味になるな」……。
 これをきっかけに、「味噌は味噌汁に使う調味料」という枠をこえ、私の味噌レシピの世界はぐんと広がりました。

手前右下から時計回りに常盤味噌、御膳味噌、白味噌、ねさし味噌

 ちなみに、井上さんの蔵で造っている4種のうちの残り2つは、阿波国の蜂須賀公の御膳に供されたのが由来となる徳島の郷土味噌「御膳味噌」と、これをさらに長期熟成させた「御膳ねさし」。5年以上熟成させた真っ黒い色の「御膳ねさし」はコクのほかに独特の酸味も感じられ、鶏肉と白ワインとプルーンと一緒に煮込むのがオススメです。世界を視野に入れた井上さんの思いが感じられるからか、この蔵の味噌はどれも洋風料理との相性が良いように感じています。

 味噌の香りは発酵・熟成中に酵母や乳酸菌などの微生物によって生成されたアルコール、有機酸、エステルなどが入り混じってつくられます。微生物たちは蔵や容器(特に木桶)にすみ着くので、その場所ならではの個性が醸し出されるのです。
 香りを生み出している微生物たちがどんな容姿で、日々どんな会話をして過ごしているのだろう――見えないけれど確かに存在するものを感じられるように、普段から五感を研ぎ澄ませておきたいな、と私はいつも思っています。(つづく)

◆◆井上味噌醤油◆◆


徳島県鳴門市撫養町岡崎字二等道路西113番地
TEL:088-686-3251
https://tokiwamiso.com/

◆岩木さんセレクトのイチオシ味噌◆


常盤味噌

【種類】米味噌
【配合】非公開
【色】赤色(熟成期間1年)

生クリームと砂糖と混ぜて火にかけ、煮詰めてキャラメルソースにするのがオススメです。ミルクプリンにかければおしゃれなデザートに。あんことも相性が良いので、和菓子にも合わせてほしいです。

(写真提供:岩木みさき)

★岩木みさきさんが味噌との出会いや奥深い魅力について語るインタビュー「今こそ伝えたい、味噌の力」もぜひお読みください。

【実践料理研究家・岩木みさきのみそ探訪記】http://misotan.jp
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【いわき・みさき】
1988年神奈川県生まれ。10代のころに摂食障害や肌荒れに悩んだ経験から、食の大切さを実感して料理の道へ。病院栄養士として3年間勤務したのち、2012年に実践料理家として独立。その後、日本の伝統調味料である味噌に魅せられ、4年で日本各地60カ所以上の味噌蔵探訪を続け、その成果をWEBサイトやレシピ、イベントなどを通じて発信している。
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