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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第21回 間の呼吸(下) (須藤岳史より)



 音楽はメロディ、リズム、ハーモニーから成るといわれますが、もっとも重要な関心はなんといっても音そのものです。音というのは不思議で、身の回りにある音はそれぞれ固有の音を持っています。声もそうで、全く同じ声というのは存在しません。そして、その固有の声を重ね合わせることで、私たちは人の声を超えた声を生み出すことができます。それは誰の声でもないのですが、自分の声もその一部として含まれる大伽藍です。

 楽器は人や動物、自然の声や音を模倣するために生まれたのではないか?といわれます。もちろん起源の意思を知ることは叶いませんが、過去数百年の間に限れるならば、古い記録を読み、さらに複数の記録を重ね合わせていくことで、人々がどんなふうに楽器の音と付き合ってきたのかを垣間見ることができます。

 西洋音楽では音楽と声や言葉は付いたり離れたりを繰り返してきました。例えば、前回のお手紙でふれたモンテヴェルディの音楽は言葉のリズムに音楽を合わせたものですし、また、絶対音楽と呼ばれる音楽は言葉や描写を排した、いわば「音楽のための音楽」といわれます。

 楽器の音もまた自然の音や声の模倣だったり、それとは全く関係のない音のための音だったりします。17世紀に出版されたある本には、アダムとイブが「これを食べれば神のようになれる」と蛇にそそのかされて禁断の果実を口にしてしまったことの後悔から、その子孫達は、自分の手で神のように創造できないのなら、神によって創造されたものをせめて模倣しようして楽器を生み出した、なんていう記述もあったりします。

 ヴィオラ・ダ・ガンバは人の声に似ている楽器といわれます。音域も人声に近いですし、ホワイトノイズをふんだんに含んだ音色もまた声さながらの滋味があります。1687年に出版された本にはこんな記述があります。


 最初の人間達が人声を模倣しようとして様々な楽器を作り出した時に求めたものは、少しでも人声に近いものであったことがわかる。ところで周知のように、人声にもっとも近い楽器といえば、言葉を語れないという点を除いて何ひとつ人声と異なるところがないヴィオル以外にはありえない。
―ジャン・ルソー著/関根敏子・神戸愉樹美訳『ヴィオル概論』(アカデミア・ミュージック)より


 これはヴィオル(=ヴィオラ・ダ・ガンバ)を愛する者の誇大妄想ではないか!とも思える書きっぷりですが、すくなくとも少なからぬ当時の人々がそう感じていたという記録でもあります。

 楽器の音は、弾き手に様々な情報をもたらします。そして楽器の機能と限定は表現や音響の生み出し方を示唆します。古楽の世界では、演奏する音楽が作られた当時の楽器やその復元楽器を使います。当時の演奏の作法を調べて、現代の楽器で実際の演奏に応用していったときに、最後まで残ってしまうのが、音そのもの、そして楽器間が生み出す音響への問いです。それなら、現代の楽器ではなくて、当時の楽器で演奏してみようというのが、前世紀に始まった古楽復興の動機の一つです。

 あなたの朗読のお話、先に記した間合いの話、そして言葉と音の関係について考える時に思い出すいつくかの断片があります。


 遠くむがしば尋ねれば、この世に文字づものァござらんで、言葉こどばァ喉ば震わへで、言葉ァ空気くうぎば震わへで、言葉ァ風のちがらば持ぢ、東だ西だ南だ北だど思いのすべでばはごんだもんだおん。
─向井豊昭「ゴドーを尋ねながら」池澤夏樹編『日本文学全集28 近現代作家集Ⅲ』(河出書房新社)より


 この一節は文字が生まれる前の、声による言葉の力を想像させる文章です。声の力は魅力的ですが、文字を知ってしまった私たちは、文字がなかった頃の声のみの感覚には戻れません。そんな私たちにふさわしい現代的な一節もあります。


 音を捨象したことばは剥製言語にすぎず、文字によって記されたことばの場合もまた、かならず、音は幻像として聴覚に作用するのではなければならぬ。
 文字のイメェジは、音を空間化するのに必要である。
―那珂太郎「詩論のためのノオト」『那珂太郎詩集』(思潮社)より


 声と文字の関係については、ウォルター・オングを始め多くの論考がありますが、文字と声はその関係を線引きできるものではないというのが僕の考えです。那珂太郎は文字のイメージと音の空間化について書いています。これは先のお手紙でふれた「書かれていない接続」を彷彿させます。

 声や文字と音の関係についてはもう少し書きたいことがあるのですが、手元の紙が尽きてしまいましたので、今回はこの辺で。最後に言葉の空間について書かれた詩的な一節を引いておきます。良き一日をお過ごし下さい。草々。


 ことばとは ひらかれた問いであり めざめた心こそ 問いの空間なのだ それは問うことによって さらにひらきつづける
―高橋悠治『音の静寂 静寂の音』より


須藤岳史拝



【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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