× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 新刊・既刊案内 お問い合せ
LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第21回 間の呼吸(上) (須藤岳史より)



 前略。お手紙ありがとうございます。
 はじめて人前で朗読した時のお話、心に残りました。良い文章からは、その呼吸を感じることができますが、朗読時の空白の長さはその場の雰囲気に合わせた即興的な側面もあるので、文章だけでは読み取れないことがありますね。その時、あなたの朗読を聞いたという方々は、あなたの生み出した間合いと空白にきっとドキドキしたことでしょう!

 書いた人にとっては当然の呼吸やスピード、間の具合などが、文章だけを読んだときと異なるという経験といえば、葛原妙子の朗詠を録音で初めて聞いた時のことを思い出します。妙子の言葉の並びはモダンなので、どちらかといえば早めのテンポを予想していたのですが、録音から流れる朗詠はたっぷりと時間をとったものでした。たとえば「飲食ののちに立つなる空壜のしばしばは遠き涙の如し」を「おんーじきの、のちにたつなるぅ あきーびんの しばしばはとおぉーきなぁみだぁのごとし」と抑揚をつけながら前後の間を除いても15~20秒くらいかけて歌いあげます。このテンポと抑揚を聞いてからというもの、妙子の歌を文章で読む時にも、その間合いと声が投影されるようになり、歌の力のタイプががらりと変化したような気がしています。

 呼吸といえば、音楽に関する印象的な経験があります。オランダの王立音楽院に入学して最初のヴィオラ・ダ・ガンバのレッスンの時です。レッスンに持っていった曲は、師匠の録音を何度も繰り返し聞いた曲でした。録音で知っている曲が、すぐ目の前でどういう風に演奏されるのかを知りたかったからです。

 一度目を弾き終えてから、今度は曲の頭から再度演奏をして、時々師匠がコメントを挟みながら進行をするというスタイルだったのですが、師匠はフレーズの間合いをすごく長くとっていることにまず気がつきました。この時は、最初のレッスン日ということもあり、他の学生達もマスタークラスさながらに互いに聴講しあっていたのですが、師匠が求める間の長さに一堂驚きを隠せない様子でした。その様子を見て師匠は「ほら、鳴っている音をもっとよく聞いてごらん。まだ次に移るには早すぎる。響きを楽しんで」と微笑みながらいうのです。

 音楽の教師には言葉で説明するタイプと実際に弾いて教えるタイプがいるのですが、師匠は完全に後者のタイプで、レッスンの半分くらいは自ら弾いて「こういうふうに」と示すいわば「口伝」のスタイルでした。最初のレッスン、そして健全な競争心にあふれた同級生の前での演奏ということで、すべての学生が「うまく弾こう」「華麗に弾こう」と思いながら演奏していたと思うのですが、僕たちはそれが誤りであることにすぐに気がつきました。

 音を楽しむこと、響きを慈しむことは「聞く」行為を一段高いところへと引き上げます。それからすぐに、僕たちはうまく弾くことを忘れて、師匠が手招きをする響きの庭へと連れ出されました。そこでは、いままでの癖や見栄や競争を忘れて、小さな子供が大人の発する言葉を真似ながら言語を習得するように、師匠の呼吸に自らの呼吸を同調させる稽古が始まりました。音楽のレッスンとは、理論やスタイルを学ぶことや技術を学ぶことの前に、呼吸を「真似ぶ」ことが重要なのだと、否応なしに納得させられました。

 閑話休題。ニースのカルナヴァルのご様子も楽しく拝読しました。人形が最後に燃やされるというのは、なんともいえない野性味があって素敵ですね。

 ここオランダは四旬節(受難節)に入り、全国各地でバッハの受難曲が演奏されています。オランダ人の受難曲好きはいささか度を超えていて、この期間だけでも数百の演奏会が催されます。バッハの受難曲にはヴィオラ・ダ・ガンバのオブリガートが付されたアリアがあるので、ガンバ奏者も大忙しです。今年はアムステルダム、デルフト、ライデン等で計8公演を引き受けました。

 受難曲の演奏会ですが、アマチュアの合唱団主催の公演も多く、日本の年末の第九のノリにも少し似ています。オランダの受難曲にせよ、日本の第九にせよ、合唱を伴う大規模な音楽がどうしてこうまでも人々を惹きつけるのでしょう?これは個人的な想像なのですが、やはり声を重ね合わせて、一人では生み出せない音を生み出すことに人々は魅了されているような気がしてなりません。

(つづく)




【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)

ページの先頭へもどる
【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
新刊案内