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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第20回 どこまでもさまようために(下) (小津夜景より)



 連句では、打越を避けつつ、季節、素材、長短のリズムといったかりそめのルールにもとづいて自由に句をつけてゆきます。つまり完全にフリーな即興ではなく、それまでの流れに登場した言葉を整理・分解・解釈した上で、いままで語られなかった新しいフレーズを探して句にするというイディオマティックな即興です。もちろんかりそめのルールにしたがうことはいささかも詠み手の自由を妨げません。むしろルールなしで付け句をやろうとすると、自己模倣的なフレーズや手癖から抜け出せず言葉は不自由になってしまいます。

 それから、座を共にしている連衆とどんな会話をしようか思案するのも大切です。次のようなくつろいだ共演を目にしたときなどは殊にそれを思います。


さまざまに品かはりたる恋をして         凡兆     
浮世の果は皆小町なり         芭蕉  
なに故ぞ粥すするにも涙ぐみ         去来     
御留主となれば広き板敷         凡兆  
手のひらに虱這はする花のかげ         芭蕉     
かすみうごかぬ昼のねむたさ         去来


 元禄3(1690)年6月、凡兆宅で芭蕉たちが遊んだ「市中は」の巻から名残の裏を引きました。この歌仙は恋の痴れ者から絶世の美女へ、そこから零落の行く末である閑散とした板の間へ、そして酔狂人の閑を経て太平の春の眠たさで幕をとじます。伝統詩歌では千年以上まえの話をためらいなく語ったり、複数の時代を気ままにつなげたりと、膨大な記憶を前提としたダイナミックな言葉の循環が行われますが、ここでもまた前句の西行から業平にそして小町へと歌人のおもかげが、きらびやかな香りを添えています。

 こうして時間と空間を自在に旅する中で、互いの声に耳をかたむけながら、連衆たちはつかのまの逸脱をたのしみます。逸脱と書くとなんだかもったいぶっていますが、要するに脱線です。脱線は形式知の力学からのがれ、暗黙知を活性化するための、この世でいちばんシンプルな方法です。

 と、ここで〈さまざまに品かはりたる恋をして〉にもちなんで書き添えたいのが、男女の恋のやりとりを百韻に描いた李賀の独吟聯句です。これを小池純代が翻案したものがとても面白いので、わたしのお気に入りのくだりを3ヶ所引用させてください。


曉奩妝秀靨      あかときの気配も化粧も濃くなつて(女)
夜帳減香筒      夜どほし焚いた香りが残る
鈿鏡飛孤鵲      かささぎが手鏡の背をかすめてく(男)
江図画水葓      河にもまるるわれは水草

月分蛾黛破      月の弧を分けてもらつた蛾眉なのよ(女)
花合靨朱融      花と融けあふまで頬あかく
髪重疑盤霧      どこまでもさまよふための霧と髪(男)
腰軽乍倚風      まよはずきみに添ふ風になる

莫鎖茱萸匣      あの文の謎を解いたはわたしだけ(男)
休開翡翠籠      解いてはならぬかはせみの籠
弄珠驚漢燕      つばくらめさへも驚くあそびかた(女)
焼蜜引胡蜂      焦がした蜜のにほひ 焦がるる


 原詩の面影を残しつつ、小池しか出せない声で歌われた、まさにこれは名演ではないでしょうか。つややかさとふくよかな奥ゆきをもった言葉。ソファにもたれ、とびきりのささやきに身をまかせるような心地よい残響感。もちろんこれをひとことで「幽玄の境地」といってもかまいません。これを外で言うと、いや幽玄の定義はそうじゃないと怒り出す人がきっといるでしょうけれど。

 ともあれ、芭蕉たちの三吟が、あらゆるものを「で」という軽い接続詞だけでつないでゆくといった潔い遊芸だとすれば、片や小池純代の独吟は接続詞が存在せず、またそれゆえにどこへも向かわず、ただよいながら咲いては潰える泡の花のような戯事です。そしてこのエロティックでクールな、どこまでもさまようために歌われた小池の名演に触れるたび、わたしはマイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』の浮遊感覚を思い出すのでした。

小津夜景拝





【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】https://yakeiozu.blogspot.com/
【ozuyakei】Instagram https://www.instagram.com/ozuyakei/

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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