× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 新刊・既刊案内 お問い合せ
LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第20回 どこまでもさまようために(上) (小津夜景より)



 拝啓、ついこのあいだ新年になったと思ったらもうミモザが咲いています。目下ニースでは冬から春にかけてのコート・ダジュール最大のイベントであるカルナヴァル(謝肉祭)がたけなわです。ごぞんじのように、カルナヴァルは「四旬節に入ってしまうと復活祭までシケた毎日になるから、その前に駆け込みで騒いでおきましょう」といった趣旨のまつりです。四旬節というのは肉抜きの食事など、いくつかの禁欲を守らなければならない期間のことで、この禁欲生活は復活祭当日まで40日間つづきます。

 13世紀から700年以上に渡って継承され、今日ではブラジルのリオ、イタリアのヴェニスとならぶ世界三大カーニヴァルと謳われるこの町のまつりは、毎年「ほにゃららの王様」という風にテーマを決めて、伝統の職人たちが大きな頭のハリボテ人形をこしらえてはその熟練の技を競い合います。今年のテーマは「モードの王様」です。ハリボテ人形は広場や公園、商店街やレストランなどさまざまな場所に飾られ、ミモザの季節をいっそうにぎやかにいろどります(早朝の広場と、ホテルの入り口と、食料品店で見かけた人形の写真を添えます)。カルナヴァルの花形であるハリボテ人形の山車は、14日間のまつりのあいだ幾度もかつがれ、最終日には舟に乗せて海へ流し、花火を上げながら火葬にされます。ものが燃える光景ってこの上なく素敵です。


 叙事詩と神話、キャニールの一節、クラウディオ・モンテヴェルディ『オルフェオ』の楽譜など、接続詞をめぐるいくつかのひらめき、感慨をもって読みました。どうやら接続詞のありようについて思いをめぐらすのは、声について考えることと大きく重なりそうですね。そしてまた、声について考えるのは、たぶん即興の問題へと足を踏み入れる契機でもあるでしょう。

 と書いて、いまよみがえったのが、はじめて自分が人前で朗読した日のできごとです。その日わたしが朗読したのは、拙著『フラワーズ・カンフー』におさめた「オンフルールの海の歌」という作品で、そこに、

 音楽家は留守なのです、とすまなさうにする梨の堕天使にわたしはポワレではなくカルヴァドスを勧め(というのも「梨は共食ひをしません」と言ひ張るので)、一緒に窓から海を眺めた。
 自由。自由。自由。自由。自由。
 それ以外、何の想ふことがあるだらう?

というくだりが存在するのですが、朗読が終わったあとの休憩時に、数名の方から「ひとつひとつの『自由』のあいだに、あんなに大きな空白があるとは思いませんでした。目で読むのと、耳で聞くのとは、意味がぜんぜん違いますね」と言われ、え、とあっけにとられたことがありました。というのは、たしかにその日わたしは「自由」と「自由」とのあいだに7、8秒の間を入れて朗読したのですけれど、そこに間が存在するのは自分にとってあまりに当然の事実だったため、人から感想を言われるまで、それがわたしだけに見えていたことだとは気づかなかったのでした。

 あらためてかんがえると、「書かれた記号」から声を思い起こしたり、「書かれなかった記号」の息づかいを発見したりするのは奇蹟のようないとなみです。演奏家は「書かれた記号」に声を与えもすれば、「書かれなかった記号」から声を掘りあてもするお仕事だと思いますが、そこでは演奏家が変わるたびに違う声が聞こえるという、記号空間との多自然主義的なかかわりが醸成されます。

 また音楽を離れて即興性の高い日本の技芸(アート)を思い巡らしてみると、書道、水墨画、華道あたりがすぐ頭に浮かびます。あとときおりご一緒する連句もそうでした。連句は前へ前へと進むのがその極意で、逆に決してやってはいけないのが後ろをふり返ることです。つまり、いまここが世界のすべてであり、吟じ終われば一切が反故になるといった態度で仲間と座を共にする。たとえ挙句のあとで入念に推敲しなおすとしても、それはまた別のいとなみであり、あくまでも連句の本質は瞬間性にあります。

(つづく)





【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】https://yakeiozu.blogspot.com/
【ozuyakei】Instagram https://www.instagram.com/ozuyakei/

(写真提供:著者)

ページの先頭へもどる
【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
新刊案内