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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第18回 物語と地平線(下) (小津夜景より)



 また別の日は、物語とわたしはいったいどのような間柄なのだろう、とかんがえてみました。なぜこんなことが気になったのかというと、わたしは物語に助けられたことがあり、その効力や社会的役割をじゅうぶんに理解している一方、なぜか突然それに苦しめられることも少なくないからです。

 そこへちょうどあなたからの手紙が届き、ひらくと、折よく物語について書いてあるではありませんか。わたしはいそいそと読みすすめ、そして、

物語を紡ぐとは、エピソードに接続詞を与えることです。

のくだりに、あ、これなんだわ、と納得しました。というのは、わたしは接続詞がつくりだす物語特有の分節秩序、体系性、超越性といった権力に自分が抗いたいのだと気づいたのです。

 こう書くと、あなたは物語批判をめぐる言説を想起するかもしれません。が、わたしは物語がみずからの分節秩序におさまらない生の過剰性をとりこぼすなどといった話をしたいのではなく、むしろその真逆、すなわち、個々の生というものがちっぽけで貧弱かつ半端であることを無視して、それらに物語的な陰影を与えようとする知の欲望に驕りを感じるのでした。

 もっと平たくいうと、自分の過去や周囲に存在するさまざまな苦しみや悲しみを思うとき、人間のいとなみをうかつに物語に仕立てることは、犬死にした命に英霊の箔貼りをして安堵するのに等しいのではないかといった疑念を抱くのです。

 いえ、これでは何も伝わりませんね。もっと正直に書きましょう。わたしは、戦争、災害、事故、暴力などに遭いながら生きのびた人が、みんな死んだのに自分だけが助かったことに対して罪悪感を感じてしまう(survivor guilt)ように、いま自分がこうやって生きていることにはっきりと後ろ暗い感情を抱いています。そして、わずかな幸福しか得ずに死んだ、あるいはいま生きている親しい人たちの顔がことあるごとにちらつき、物語という装束によって人間の実存を補うことにやましさを感じてしまうのです。

 とはいえ人は物語なしでは生きられない――この言い回しもまた知の驕りです。この世には物語を思う余裕すらない人々がたくさんいますが、彼らは少しも死んでいません。

 そんなわけで、あなたの書くように、たとえわたしたちが意味を探してしまう生き物だったとしても、わたしは見つけた意味をそのたびに地面に捨てるのです。というか、そもそも、意味って、ほんとに必要なのでしょうか。物語って、そんなに大事なのでしょうか。わたしは貧しさを貧しさのままに、半端を半端のままに、無意味を無意味のままに、接続詞で紡ぐことなく、物語で包むことなく、そのままのすがたで、反古をわしづかむように、胸に抱きかかえたい。そして、そして、そして――と、こんな風に、わたしの心はときどき発作を起こすのでした。まったくもって、ひとりの人間の中にはいくつもの顔があります。


 話は変わって、また別の日のこと。わたしは、超越的な物語に与しない小説家の中でわりあい読みやすいのはマルグリット・デュラスじゃないかしら、そしてまたデュラスを読まなくても、ひとまず恋愛中は接続詞が崩壊するのではないかしら、などと想像してみました。

-Je t'aime
oh, oui je t'aime!

-moi non plus                 Serge Gainsbourg « Je t'aime… moi non plus »

 「あなたを愛しているわ」という女の告白に対し「僕も愛していないよ」と応える男。この男女の掛け合いはわたしにとってリアルな響きをもっています。なぜなら、ここにはボタン=接続詞の掛け違いがあるのではなく、そもそも掛けるべきボタン=接続詞が存在しない状態が描かれているからです。

 知と物語との共犯関係。それを断ち切るため、わたしは言葉を書いては破り捨て、書いては引き裂きます。わたしにとって書くとは紡ぐことではなく引き裂くことなのかもしれないとふるえながら。またそれはこう言いかえることもできるでしょう、曰く――人が世界を発見する地平線。それは物語をうしなう地平線でもあるのだ、と。

小津夜景拝



【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】https://yakeiozu.blogspot.com/
【ozuyakei】Instagram https://www.instagram.com/ozuyakei/

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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