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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第18回 物語と地平線(上) (小津夜景より)



 新年の手紙と写真をありがとうございます。こんな豪快な花火を住民が打ち上げるなんて面白いですね。

 ニースでもカウントダウンの時刻にドン、ドンという音が聞こえたので海辺に出てみたのですけれど、花火はどこにも見あたらず、大砲の音だけがくりかえし鳴り響いていました。撃っても、撃っても、闇が裂けず、血の花の咲かない夜空というのは息苦しいものです。闇が裂けるのを待って、しばらく海辺にたたずんでみたものの、やはり、いっこうに花火は上がりません。

 寒いなあ。しょうがない。もう帰ろう。わたしは諦めてきびすを返しました。そうしてふるえながらの帰りしな、花火のかわりに、つ、と遠い夜空を落ちてゆく星に出会いました。元日の流れ星は1カラットにも満たない、とても小さなかがやきでした。

 三ヶ日の締めはお正月らしく、近所の植物園までランタンまつりを見に出かけました。このまつりは新春の到来を祝う中国の伝統行事で、近年はフランス各地で楽しまれています。ランタンを飾る期間は春節(旧暦の正月)から元宵げんしょう(最初の満月の日)までの15日間、あるいは元宵節の前後5日間というのが通例のようですが、ニースではなんと13週間にもおよびます。

 飾られる550あまりのランタンは四川省の職人が手づくりし、現地で慎重に組み立てられてから長い船旅でニースに運ばれます。50枚の壁画、長さ50メートルの2頭の龍、高さ18メートルの万里の長城、黄金の馬車に立つ始皇帝や兵馬俑など巨大なランタンも数多く、発光によって重力から解放された物体が、宇宙さながらの闇にうかぶ光景は、過去と未来が折り重なったみごとな異世界でした。

 ランタン的世界は、古典で語るにちょうどいいモチーフでもあります。けれども今回はお正月なので詩歌句のことは忘れて、この年末年始に心にうかんだことを気ままに綴ってみます。


 この休暇は、自分がはじめて読んだ論理的な本はなんだったのかをふと知りたくなり、記憶とたわむれて過ごしました。やり方はかんたんで、いままでに読んだ本のタイトルを順に回想するだけです。そうやって少しずつ記憶をさかのぼり、小学1年生にたどりついたとき、畳の上で本を読む幼いわたしのうしろに、ピアノの譜面がひらいた状態で譜面台に置かれている光景が目にうかびました。

 それを見て、わたしはこう思いました――楽譜もまた法則によってつくられている。ということは、これがわたしの出会ったもっとも古い論理的書物にちがいない。

 この発見を誰かに話したくなったわたしは台所へゆき、洗いものをしていた夫に、
「あのね。お茶碗洗ってるとこ悪いんだけど、楽譜って、自分が人生ではじめて出会った論理的な本だったと思わない?」
と同意を求めました。夫はわたしよりはるかに楽譜と親しんでいるので、ああそうだね、と言ってくれだろうと期待したのです。ところが夫は、
「楽譜に論理はないよ」と一蹴しました。
「あ。うん、まあそうだけど」とわたし。
「うん」と夫。
「……えっと、わたしの言わんとすること、なんとなくわからない? そこを汲んで、先回りして、わたしが何を言いたいのかわたしに教えてよ。つまり、それよ、わたしが質問してるのは」
「ごめん。わかんない」
「楽譜って、ほら、道筋立った構造があるでしょう。でね、小さいころにその理屈を学んだのが、大きくなってから論理的な文章を読むのに役立ったんじゃないかって思ったの。どうかしら?」
「ああ。まったく思わないね。それ勘違いだよ」

 こんな悲しい会話を交わし、その夜、蒲団の中で練り直してみたところ、たしかに楽譜にあるのは論理ではなくただの規則で、さらに音楽は論理よりむしろ詩の友だちなのでした。音節、韻脚、強弱、リズム、対位法、ポリフォニー、リフレイン、ヴァリエーション、交響詩、歌劇など、詩作と作曲の美的相関性の分析だっていっぱいあります。それなのにどうしてこんな勘違いをしたのでしょうか。

(つづく)




【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】https://yakeiozu.blogspot.com/
【ozuyakei】Instagram https://www.instagram.com/ozuyakei/

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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